ここ10年以上の傾向で、女性のことを「男っぽい性格」とか「男前の性格」言うのは、少し「誉め言葉」であるようなニュアンスが漂っている。それはちょっとだけ「自嘲(笑)」の雰囲気も残しつつも、やはり言われた本人はヤニさがるもので、自分で言うと「ちょっと誇らしげ」な面もあるのは確かである。「あたしって、ぜーんぜん、女らしくないって言われる〜」というのは、一見「自己卑下」にみえるが、実際にはそれは決してネガティブなものと本人はつゆほども思っておらず、「ちょっとした自慢」に近いものである。パッと見は謙遜を装っているようだが、実際のトコロは、自慢ってのは、頭の悪い女性陣(女性がみな頭が悪いわけじゃなくて、女性の中の頭の悪い人って意味)に昔からすごくすごくよく現れるクッサイ共通傾向と言える。
逆に、男性のことを「女々しい」だとか「女みたいに、いつまでもグチグチと」とか、言われる場合は、昔から変わらず、だいたいが悪口ととらえられる。男が自分のことを、「女々しい」と語る場合に、そこには「自慢要素」はほとんどない。たいていが「ギャグ」か、マジで「自己卑下」に近いような場合に使われる言葉だ。これは昔からそうだし、今でも特に変わらない。
つまり、上記2点を総合すると、「男らしさ」は男女性別を問わずに、プラス評価点であり、「女らしさ」は男女問わずに、マイナス評価っぽく変化しつつある。女性に「女の子らしいね」というのは、誉め言葉になることもまだまだあるけどね。でも、そんなこと言われると不愉快と感じる女性は増えているし、「男っぽい」と言われたい女性はもっともっと増えている。
そんなに「男っぽさ」というのはイイコトなんであろうか。
「女らしさ」はよくないことか?
こないだ読んで、うーん、さすがと思ったのは「臨死 江古田ちゃん」のエピソード。
イラン人(だか中東系の外人)の、焼鳥屋のご主人にむかって、酔っぱらったオヤジ客が、「あんたは、日本人より日本人らしいよっ」とかご機嫌で語る。おそらく酔っぱらいオヤジはある種の誉め言葉のつもりで語ったに違いないんだろうが、そのイラン人は、酔っぱらいが帰るやいなや、
「なにが、日本人より日本人らしいってんだ、俺はイラン人やっつの(怒)!」
と怒り出すのである。
そりゃそーだ。
この酔っぱらいオヤジは、「日本人であること」はある種の価値のように、語っているけれども、イラン人にとって、必ずしも「日本人になりたい」なんて思ってはなかったかもしれない。日本に来ている外国人はみな日本人になりたいんだろうと思っているのは、ちょっと浅はかで思い上がった考え方である。
たぶん、自分のことを「男っぽい(女らしくない)」と語りたがる女の人ってのは、よっぽど「男らしい」ってことがイイコトだとか思ってるのかもしれない。あるいは「女らしい」とされていることなんてまっぴらと思っているのかもしれない。女らしいことで、たとえば「料理がうまい」とか「掃除もちゃんとする」とか「細かいところに気配りがある」とか、よくわかんないけどそういうところ? そういうのすげーやりたくないというか、そんな女らしさとかやりたくねーよーと思っている女の人が「私って女らしくないんだよねー」とか語っているような気がする。
「男っぽい」とはガサツなところはあるが、サッパリしてて、あんまりクヨクヨしないみたいなところを強調したい場合の言葉であろうか。
私が一般的な「ジェンダー的志向」にどうしても違和感というか、不愉快さを感じるのと、ちょっと似ている。やることやんなくて、ただ権利だけ主張してる、みたいな、そういうきがどーしても残るのだ。
いざとなれば「女だから」という権利をちゃんと使って逃げることもするくせに、必要な時は「あたしは女らしくないから」という主張で、いくつかのことから逃げているような。
そういう「コウモリ的」な主張が、「自称男っぽい女の人」からは感じられるのだ。
すげー細かい具体的な話をすると、たとえば、体力のいるキッツイ仕事の時には「あたしは一応女性なんで、その辛い仕事はパスさせてもらってこっちの楽な仕事させてもらうわね」的態度でいるのに、その後の飲み会になったときには「あたしは男っぽい性格って言われてるから、人にお酌とかしないからね」とか言い出すようなケースか。
おまえは女であることを言い訳に使うんなら、女であることのある種の役割も引き受けんかーいと思ったりするのである。男なんだか女なんだかはっきりせいと。都合のいいときだけ「女」持ち出し、都合が悪くなると「女やめる」って、それはやっぱりズル過ぎじゃねーのと。
本格的な学問の世界やら、よく知りませんけれども、一般的な日常生活レベルで、「ジェンダー」とか「女性の権利」とか持ち出す人には、とにかくこのタイプがやたらと多くて辟易なんであります。
「女」であることの「得」があるなら、一緒に「損」も引き受けなきゃやっぱ公平じゃないような気がする。
「私は男っぽいから」と言い出すのなら、映画を「レディースデー」に見に行くことは断固として固辞するとかさ(それはまー冗談ですが)。
一貫性がない、つーか、とにかくセコくてズルいんだよね。「自称・男っぽい女」。
あと、最初書いたように、「男らしさ」はそんなにイイコトで、「女らしさ」ってそんなに損だったり、悪いことだったりするだろうか? 「自称・男っぽい女」たちはそんなに「男になりたい」んであろうか。じゃ、男やってみたら、と思いますよ。
中学生が、まだまだなーんも知らんしなーんもできないガキのくせに、いっぱしの大人ぶって、権利を主張しているような、気恥ずかしさと腹立たしさに近い。
大人としての、一人前としての主張をしたいんなら、それに応じた実績を作らなきゃダメだ。
いろんなことを引き受ける覚悟や能力もないくせに、「自分以外の何か」「自分以上の何か」に勝手に自己投影するのってば超ダサイ上に、腹が立つ。
キムタクのクリエイター気取りみたいなもんだ。
逆に、男性のことを「女々しい」だとか「女みたいに、いつまでもグチグチと」とか、言われる場合は、昔から変わらず、だいたいが悪口ととらえられる。男が自分のことを、「女々しい」と語る場合に、そこには「自慢要素」はほとんどない。たいていが「ギャグ」か、マジで「自己卑下」に近いような場合に使われる言葉だ。これは昔からそうだし、今でも特に変わらない。
つまり、上記2点を総合すると、「男らしさ」は男女性別を問わずに、プラス評価点であり、「女らしさ」は男女問わずに、マイナス評価っぽく変化しつつある。女性に「女の子らしいね」というのは、誉め言葉になることもまだまだあるけどね。でも、そんなこと言われると不愉快と感じる女性は増えているし、「男っぽい」と言われたい女性はもっともっと増えている。
そんなに「男っぽさ」というのはイイコトなんであろうか。
「女らしさ」はよくないことか?
こないだ読んで、うーん、さすがと思ったのは「臨死 江古田ちゃん」のエピソード。
イラン人(だか中東系の外人)の、焼鳥屋のご主人にむかって、酔っぱらったオヤジ客が、「あんたは、日本人より日本人らしいよっ」とかご機嫌で語る。おそらく酔っぱらいオヤジはある種の誉め言葉のつもりで語ったに違いないんだろうが、そのイラン人は、酔っぱらいが帰るやいなや、
「なにが、日本人より日本人らしいってんだ、俺はイラン人やっつの(怒)!」
と怒り出すのである。
そりゃそーだ。
この酔っぱらいオヤジは、「日本人であること」はある種の価値のように、語っているけれども、イラン人にとって、必ずしも「日本人になりたい」なんて思ってはなかったかもしれない。日本に来ている外国人はみな日本人になりたいんだろうと思っているのは、ちょっと浅はかで思い上がった考え方である。
たぶん、自分のことを「男っぽい(女らしくない)」と語りたがる女の人ってのは、よっぽど「男らしい」ってことがイイコトだとか思ってるのかもしれない。あるいは「女らしい」とされていることなんてまっぴらと思っているのかもしれない。女らしいことで、たとえば「料理がうまい」とか「掃除もちゃんとする」とか「細かいところに気配りがある」とか、よくわかんないけどそういうところ? そういうのすげーやりたくないというか、そんな女らしさとかやりたくねーよーと思っている女の人が「私って女らしくないんだよねー」とか語っているような気がする。
「男っぽい」とはガサツなところはあるが、サッパリしてて、あんまりクヨクヨしないみたいなところを強調したい場合の言葉であろうか。
私が一般的な「ジェンダー的志向」にどうしても違和感というか、不愉快さを感じるのと、ちょっと似ている。やることやんなくて、ただ権利だけ主張してる、みたいな、そういうきがどーしても残るのだ。
いざとなれば「女だから」という権利をちゃんと使って逃げることもするくせに、必要な時は「あたしは女らしくないから」という主張で、いくつかのことから逃げているような。
そういう「コウモリ的」な主張が、「自称男っぽい女の人」からは感じられるのだ。
すげー細かい具体的な話をすると、たとえば、体力のいるキッツイ仕事の時には「あたしは一応女性なんで、その辛い仕事はパスさせてもらってこっちの楽な仕事させてもらうわね」的態度でいるのに、その後の飲み会になったときには「あたしは男っぽい性格って言われてるから、人にお酌とかしないからね」とか言い出すようなケースか。
おまえは女であることを言い訳に使うんなら、女であることのある種の役割も引き受けんかーいと思ったりするのである。男なんだか女なんだかはっきりせいと。都合のいいときだけ「女」持ち出し、都合が悪くなると「女やめる」って、それはやっぱりズル過ぎじゃねーのと。
本格的な学問の世界やら、よく知りませんけれども、一般的な日常生活レベルで、「ジェンダー」とか「女性の権利」とか持ち出す人には、とにかくこのタイプがやたらと多くて辟易なんであります。
「女」であることの「得」があるなら、一緒に「損」も引き受けなきゃやっぱ公平じゃないような気がする。
「私は男っぽいから」と言い出すのなら、映画を「レディースデー」に見に行くことは断固として固辞するとかさ(それはまー冗談ですが)。
一貫性がない、つーか、とにかくセコくてズルいんだよね。「自称・男っぽい女」。
あと、最初書いたように、「男らしさ」はそんなにイイコトで、「女らしさ」ってそんなに損だったり、悪いことだったりするだろうか? 「自称・男っぽい女」たちはそんなに「男になりたい」んであろうか。じゃ、男やってみたら、と思いますよ。
中学生が、まだまだなーんも知らんしなーんもできないガキのくせに、いっぱしの大人ぶって、権利を主張しているような、気恥ずかしさと腹立たしさに近い。
大人としての、一人前としての主張をしたいんなら、それに応じた実績を作らなきゃダメだ。
いろんなことを引き受ける覚悟や能力もないくせに、「自分以外の何か」「自分以上の何か」に勝手に自己投影するのってば超ダサイ上に、腹が立つ。
キムタクのクリエイター気取りみたいなもんだ。
この記事へのコメント
ミクシーの『サバサバしてると言われる』コミュとかなかなかイタくて面白いので読んでしまいます。「一般女子ならこうだろうけど、私はこう」みたいな自分かっこいい話とか(例えば、「私カクテルとか飲まないから女っぽくないとか言われるんだよねー。」みたいな)、ネチネチしてる子は嫌だよねー話とか、そんなことをミクシーのコミュで語る行為自体サバサバしてないじゃんみたいな(笑)。
そういえば「くすぶれモテない系」読みました?あの本にも自称男っぽい女のこと書いてあってなかなか共感でした★
そういえば「くすぶれモテない系」読みました?あの本にも自称男っぽい女のこと書いてあってなかなか共感でした★
2008/06/27(金) 23:45:00 | URL | katakuriko #-[ 編集]
こんにちは、人は不公平にできていますよね。最近オトメワリ復活で嬉しいです。
「くすぶれモテない系」って初めて知りまして、今さっと検索して投稿HPにたどり着きましたが、おもしろいですね。
そういう本があるのですね。早速探してみます。本はタイトルに全体のおもしろさの3割があると思いますが、「くすぶれモテない系」ってタイトルだけで既に満点近いですね。楽しみです。
「くすぶれモテない系」って初めて知りまして、今さっと検索して投稿HPにたどり着きましたが、おもしろいですね。
そういう本があるのですね。早速探してみます。本はタイトルに全体のおもしろさの3割があると思いますが、「くすぶれモテない系」ってタイトルだけで既に満点近いですね。楽しみです。
2008/06/28(土) 08:30:36 | URL | 吉祥寺拓也 #-[ 編集]


