一人暮らしをしていると、これまでにもまして、完全に一人の世界に没入する。
あたりまえか。
いや、そもそも、会社に行かないので、起きてすぐパソコンに向かって仕事をし、一歩も外に出ずに一日を過ごす、しかもテレビのニュースなども見ないで過去のDVDばっかりという暮らしだったので、世界との接点は妻子との食事時間の会話くらいだったのだ。
その世界と私を結ぶ唯一のほそーーーい糸との瞬間的接点すらなくなったのだ。
テレビもDVD用チャンネルに固定、ご飯の時も嬉々として、昔のテレビドラマやら映画のDVDを見ているだけ。
しかも、最近はたいした仕事量でもないもんだから、お客さんとの電話会話も少なくなった。てか、三日くらい電話でトークしてないYO。メールですんじゃってるYO。
かんっぜんに一人の世界だ。
そもそも独身時代にこのフリーになったわけなんで、その状態に戻っただけだ。
こういう暮らしが嫌いな人はフリーにはならないだろう。
そう、私はこのかんぜんに、一人ぽっちという状態が、心の底から大好きなんだYO!
いや、家族は家族で大事ですが、私は一人も好きなんだYO!
そう、孤独が嫌いな人もいる。
結構いるらしい。
私はまったく平気というか、すげー平常心で、むしろ好き。
三ヶ月、四ヶ月、ずっと一人ってのも、超オッケー。
もちろん、無人島へ行けと言われたらそりゃちょっと考えますけれども、この都心で、今の暮らし、自宅で仕事をチョコチョコやって、一人で飯食って、一人でDVDを見て、一人で本読んで、一人で眠る、この暮らしってば、かなりイー感じよ。
「結婚できない男」が私、大好きだったんですが、それはね、あの阿部ちゃんのライフスタイルに心のどこかで共感し、ある種のうらやましさを感じていたからなのであります。
そのすがすがしい自由感。
ひきずるもののない、まるで毎日が夢遊病のような暮らし。
・・・・そう、やっと本題ですが、ちょっと最近自由過ぎて、ボケがはじまってきたのかとすら思う。
まず、曜日感覚が(もとから薄かったのが)すっかり希薄になってきた。
まだね、子どもの保育園とか、あった方がメリハリがありましたですよ。
そして、致命的なのが、「時間」感覚も。
何しろ起きるのも自由、寝るのも自由、食うのも自由、風呂も自由、そうなってくると、ホント、えーっと今食ってるのは昼飯なのか夕飯なのか、状態に。
もともと(独身のコロなど)仕事に煮詰まると、気分転換にすぐに風呂に入るタチだったんで、今も、一日に何度も、朝だろうが、昼だろうが、かまわず、気が向くとシャワーを浴びるようになっている。
そうなるとますます、時間がめちゃくちゃになってくる。
で、テレビも見ないでDVDばかり、ますます時間がわからない。
いっちばん、ボケがはじまったと思う瞬間とは何か。
それは、「リンス」です。
頭洗って、湯船に戻ろうとする、その時「あれ、リンスしたっけか?」と髪の毛をさわる。
それがリンスして、流した後なのか、洗ったはいいけど、リンスはしてないのか、それがよくわかんなくなっている。完全にボケはいってます。
ほら、毎日、へんな時間に何度もシャワー浴びたりしてるから、シャンプーとリンスも毎日、デジャブになっているわけだったりするのだ。
あるいは、風呂からあがって、バスタオルで体拭いている時、頭をさわってみる、「あっ!!! リンス流してないじゃん!!!」。そう、リンスして、体洗ったりヒゲそったりして、そのまま湯船に入って、お風呂からあがろうとしていることもある。
これが高じて、風呂あがりにバスタオルで体拭いている時、「あれっ、俺、今日リンスしたっけ?」状態になってくる。
頭がぬれてればまーシャンプーはしたと思う、体が自動的に動いているはずなんで。でもね、リンスは微妙なのだ。そこまで体が完全記憶をしているかどうかは微妙なり。
よく記憶喪失になっても、自動車の運転は体が覚えているからできるとか言うじゃん。
それと同じでボケても、シャンプーする行為は体が覚えているような気がする。けども、リンスする行為を覚えているかはちょっと微妙。
あたりまえか。
いや、そもそも、会社に行かないので、起きてすぐパソコンに向かって仕事をし、一歩も外に出ずに一日を過ごす、しかもテレビのニュースなども見ないで過去のDVDばっかりという暮らしだったので、世界との接点は妻子との食事時間の会話くらいだったのだ。
その世界と私を結ぶ唯一のほそーーーい糸との瞬間的接点すらなくなったのだ。
テレビもDVD用チャンネルに固定、ご飯の時も嬉々として、昔のテレビドラマやら映画のDVDを見ているだけ。
しかも、最近はたいした仕事量でもないもんだから、お客さんとの電話会話も少なくなった。てか、三日くらい電話でトークしてないYO。メールですんじゃってるYO。
かんっぜんに一人の世界だ。
そもそも独身時代にこのフリーになったわけなんで、その状態に戻っただけだ。
こういう暮らしが嫌いな人はフリーにはならないだろう。
そう、私はこのかんぜんに、一人ぽっちという状態が、心の底から大好きなんだYO!
いや、家族は家族で大事ですが、私は一人も好きなんだYO!
そう、孤独が嫌いな人もいる。
結構いるらしい。
私はまったく平気というか、すげー平常心で、むしろ好き。
三ヶ月、四ヶ月、ずっと一人ってのも、超オッケー。
もちろん、無人島へ行けと言われたらそりゃちょっと考えますけれども、この都心で、今の暮らし、自宅で仕事をチョコチョコやって、一人で飯食って、一人でDVDを見て、一人で本読んで、一人で眠る、この暮らしってば、かなりイー感じよ。
「結婚できない男」が私、大好きだったんですが、それはね、あの阿部ちゃんのライフスタイルに心のどこかで共感し、ある種のうらやましさを感じていたからなのであります。
そのすがすがしい自由感。
ひきずるもののない、まるで毎日が夢遊病のような暮らし。
・・・・そう、やっと本題ですが、ちょっと最近自由過ぎて、ボケがはじまってきたのかとすら思う。
まず、曜日感覚が(もとから薄かったのが)すっかり希薄になってきた。
まだね、子どもの保育園とか、あった方がメリハリがありましたですよ。
そして、致命的なのが、「時間」感覚も。
何しろ起きるのも自由、寝るのも自由、食うのも自由、風呂も自由、そうなってくると、ホント、えーっと今食ってるのは昼飯なのか夕飯なのか、状態に。
もともと(独身のコロなど)仕事に煮詰まると、気分転換にすぐに風呂に入るタチだったんで、今も、一日に何度も、朝だろうが、昼だろうが、かまわず、気が向くとシャワーを浴びるようになっている。
そうなるとますます、時間がめちゃくちゃになってくる。
で、テレビも見ないでDVDばかり、ますます時間がわからない。
いっちばん、ボケがはじまったと思う瞬間とは何か。
それは、「リンス」です。
頭洗って、湯船に戻ろうとする、その時「あれ、リンスしたっけか?」と髪の毛をさわる。
それがリンスして、流した後なのか、洗ったはいいけど、リンスはしてないのか、それがよくわかんなくなっている。完全にボケはいってます。
ほら、毎日、へんな時間に何度もシャワー浴びたりしてるから、シャンプーとリンスも毎日、デジャブになっているわけだったりするのだ。
あるいは、風呂からあがって、バスタオルで体拭いている時、頭をさわってみる、「あっ!!! リンス流してないじゃん!!!」。そう、リンスして、体洗ったりヒゲそったりして、そのまま湯船に入って、お風呂からあがろうとしていることもある。
これが高じて、風呂あがりにバスタオルで体拭いている時、「あれっ、俺、今日リンスしたっけ?」状態になってくる。
頭がぬれてればまーシャンプーはしたと思う、体が自動的に動いているはずなんで。でもね、リンスは微妙なのだ。そこまで体が完全記憶をしているかどうかは微妙なり。
よく記憶喪失になっても、自動車の運転は体が覚えているからできるとか言うじゃん。
それと同じでボケても、シャンプーする行為は体が覚えているような気がする。けども、リンスする行為を覚えているかはちょっと微妙。


