「SP」惜しかった。
かーなーり残念な最終エピソード。
まず、日本のドラマ、なんで、最後はいっつもいっつも、あーやってさ、
●拳銃持って向かい合ったまま、ベラベラおしゃべりするの?
いっつもラストはそうじゃん。
あれがいっつもいっつも、どーのドラマでもそうで、毎回毎々イライラする。
撃っちゃえよ、その横で。
なーんで、つったって拳銃構えたまま、ベラベラしゃべってんのよ。
ワールドカップで、ゴール前にもたついて、シュート決められない日本代表のようにイライラする。
がっくりだよ、おまえもか、「SP」。
途中まであーんなにおもしろかったのに、最後はそれかい。
結局それかい。
あのスピード感、理詰めな展開、緻密な構成、それはどこにいったのか。
なに、フツーのドラマになってんのかと。
そして、さらに残念なことが。
●おまえは「アンフェア」かと。
何が「大義のため」かと。
がっくりやと。
それ、まーーーーーったく同じじゃん。
おまえはカオルちゃんかと。安本さんかと。江口洋介かと。
ちょっとーーーと口に出るよ。
あーもー、最後の最後でがっかりやと。
あまりにも同じ手で萎えまくり。
映画見る気が一気に消えた。たぶん、ビデオでも見ないと思う。
途中まであんなに素晴らしかったのに。
なんで、こんなオチに・・・・。
途中まで120点だったのが、最後で15点、記録的な評価の急降下。
堤真一にそれをやらせちゃーあかんと。
それじゃ全部がパーになると。
ラストのダメさは「ロンド」並。がっくし。
ひっくり返して良かったのは瑛太だけ。
とにかく「SP」が良かったのは、
■安易なサプライズ
とか
■奇抜すぎる(リアリティを欠いた)設定
を丁寧に避けてたのが良かったのである。
つまり、派手なところをトバして、地味ぃ〜にじっくり作り込んでいた、その地に足のついていたような、「本格感」が良かったわけじゃん。
「笑い」もあるけど抑えてるのが、大人っぽくてクールだったわけよ。
鉄砲もあんまり使わず、手刀で飛びかかる岡田の姿がかっこよかったのだ。
それが、もーラストはパンパンパンパン、まーた「ディパーテッド」状態に・・・。
世の中の刑事物はみーんな「インファイナルアフェア」のパクリってことになっちゃったじゃん。
飽きたよ、頼むから、せめて、この地味にかっこよかった「SP」だけはそうしないでほしかった。
「SP」見てない人に、警告。
ラストエピソードのみ、まったく見る価値なしです。
ほんと、最悪の結末。吐きそうなほどにつまらないオチ。
かーなーり残念な最終エピソード。
まず、日本のドラマ、なんで、最後はいっつもいっつも、あーやってさ、
●拳銃持って向かい合ったまま、ベラベラおしゃべりするの?
いっつもラストはそうじゃん。
あれがいっつもいっつも、どーのドラマでもそうで、毎回毎々イライラする。
撃っちゃえよ、その横で。
なーんで、つったって拳銃構えたまま、ベラベラしゃべってんのよ。
ワールドカップで、ゴール前にもたついて、シュート決められない日本代表のようにイライラする。
がっくりだよ、おまえもか、「SP」。
途中まであーんなにおもしろかったのに、最後はそれかい。
結局それかい。
あのスピード感、理詰めな展開、緻密な構成、それはどこにいったのか。
なに、フツーのドラマになってんのかと。
そして、さらに残念なことが。
●おまえは「アンフェア」かと。
何が「大義のため」かと。
がっくりやと。
それ、まーーーーーったく同じじゃん。
おまえはカオルちゃんかと。安本さんかと。江口洋介かと。
ちょっとーーーと口に出るよ。
あーもー、最後の最後でがっかりやと。
あまりにも同じ手で萎えまくり。
映画見る気が一気に消えた。たぶん、ビデオでも見ないと思う。
途中まであんなに素晴らしかったのに。
なんで、こんなオチに・・・・。
途中まで120点だったのが、最後で15点、記録的な評価の急降下。
堤真一にそれをやらせちゃーあかんと。
それじゃ全部がパーになると。
ラストのダメさは「ロンド」並。がっくし。
ひっくり返して良かったのは瑛太だけ。
とにかく「SP」が良かったのは、
■安易なサプライズ
とか
■奇抜すぎる(リアリティを欠いた)設定
を丁寧に避けてたのが良かったのである。
つまり、派手なところをトバして、地味ぃ〜にじっくり作り込んでいた、その地に足のついていたような、「本格感」が良かったわけじゃん。
「笑い」もあるけど抑えてるのが、大人っぽくてクールだったわけよ。
鉄砲もあんまり使わず、手刀で飛びかかる岡田の姿がかっこよかったのだ。
それが、もーラストはパンパンパンパン、まーた「ディパーテッド」状態に・・・。
世の中の刑事物はみーんな「インファイナルアフェア」のパクリってことになっちゃったじゃん。
飽きたよ、頼むから、せめて、この地味にかっこよかった「SP」だけはそうしないでほしかった。
「SP」見てない人に、警告。
ラストエピソードのみ、まったく見る価値なしです。
ほんと、最悪の結末。吐きそうなほどにつまらないオチ。
サラリーマンの友人と話しをして、その悩みをいろいろ聞くにつけて、感じるのは、「働く」ということの意味を見失いかけていることだ。
いまどき流行の、偽の鬱病みたいなヤツ。あのやたらと本人が「おれは鬱で、鬱なんだけど、鬱だから、鬱だってば」と大騒ぎして、「こんだけクスリを飲んでて、副作用がどーだから、俺は今こーんなに頭が悪くなってて、でも本当はてか昔はもっとずっと頭が良かったのに、最近ちっとも物覚えが・・・」どねーのこねーのなどと人にアピールしているけれども、よく見りゃ結構本人は元気、みたいな、例のヤツ(←ブログやってる人にもとても多い症状)。
仮面鬱病だっけ、なんだっけ、本人がやたら大げさに騒いでる系の鬱ね。ああ、やっかいだ。
最初の一時間はもちろん同情するんだけれども、もちろん2時間目以降からはイライラしてくるわけだ。
躁鬱病ってゆーか、総ウソ病じゃんかと、北杜夫のエッセイに出てきたようなことを言いたくなってくるわけである。
仕事にストレスというのはつきものなので、いい大人がそんなものを自慢するのもどーかと思う。誰しもある程度はそういうものと付き合うのがこの社会はむしろ自然で、虫歯や近視、肩こりみたいな持病の一種とすら言えるのではないか。
それはともかく、彼がそうした鬱的状況にはまりこむというのも、私も30過ぎまで会社員やってたからすごくよくわかる。
「なんのために働いているのか」とつい、呆然となってしまうような状況というのが、大きな組織だと起こりがちなんであります。
たとえば、一人で、とある得意先を担当し、そこからの売り上げを三年かけてこつこつと伸ばしていき、ようやくスゴイことになってきそうだという矢先、はい、じゃ、異動なんで、ごくろうさん、あとはこっちのチームが引き継ぎますよ〜と、勝手な人事が行われて、そのチームがいきなり巨大な売り上げをあげて、これまでほとんど関係なかったそのチームの課長が社長賞かなんかもらって、社内で一躍脚光を浴びたりしてね。最初から俺がいちばん大変なところの下地を作ったんやろうと、誰に言っても信じてもらえないとかさ。
たとえばね、そういう話だって、私は何件もみているし、もんのすげーーー会社組織としてはよくある、ありふれすぎてナンの新味もない話だ。
そういうとき、その人は「なんのために働いてきたのか」とかついぽろりと漏らしがちであります。
他にもたとえば、もーれつ働いて、毎日誰よりも早く朝8時には出社し、夜中1時過ぎまで仕事して、一般的な同期の3倍は働いて5倍の売り上げは挙げている、そんながんばりやの20代の男がいて、その隣の席には、一年先輩だけれども、コネ入社で毎日お稽古ごとで定時に帰るつもりの、一般職みたいな仕事しかしてない女性がいましたと。その先輩は朝10時出社、夕方5時半帰宅で、一切休日出勤はしない主義の人で、それはそれでいいんだけど、なんかの機会に、その先輩の給料とボーナスの額を聞いてびっくり、その人の三倍働く男よりも月収はもちろん、ボーナスの査定も良くって、年収にして100万はその人の方が良かったと知る。
そうするとね、別にその先輩が悪いわけじゃないのはよくわかってるんだけど、「いったい俺はなんのために働いているのだろうか」とやっぱりその彼もがっくり来るかもしれない。
こんなこともすげーよくある話。ボーナスの査定とか適当だからね。たまたまその女性の先輩が上司に妙に気に入られてたのかもしれないし、コネ入社の時に最低年俸の契約があったのかもしれないし。
そういうね、組織というのは、末端の人間のやる気をうばうようなことはいっくらでもある。ありまくりである。ありまくるのが組織。不当なものが組織。組織に公正さとか求める方がおかしい。組織とは成り立ちからしてそもそもが絶対的に理不尽なものなんであります。
組織で「働く意味」を失いがちというのはだから当たり前。
武士と同じで、何らかの「プライド」だけで生きているものだと言える。矜持というか。
武士は食わねど高楊枝だから、給料の高い安いは俺は気にしないんだという、(それも妙にねじれた話だが)そういう高い志を持たないと会社員はやっていられないものだ。
大企業の中で出世するというはっきりとした野心を持つのなら、出世は通常実力だけじゃだめだから、いわゆる政治的なおもねりやらなんやらかんやら、年始の挨拶で妻子を連れて上司のお宅にご挨拶に行くようなこともやっぱりやらんといかんかったりとかね。
その出世の可能性を目指す一部の人以外は、昔から日本企業じゃ、定年まで本社にしがみついているのがせいいっぱいで、ブルンブルン関連子会社にふるいとばされていくのが当たり前の状況だ(なにしろ上に行くほどポストの数は限られてるからね)。
自分と自分の監督下の部下たちが、ミスをしないことが前提で給料というのは渡されるもので、チームの誰かがずっこけたら、あっというまに、左遷だ、なんだかんだ、これもすごくよく聞く話。昨日までは、飛ぶ鳥を落とす勢いの部長だった人が、とあるボケナス部下のために、あっというまに、箱根の保養所にぶっとばされて、その保養所の布団の上げ下ろしが仕事になってしまったとかね。そんな漫画みたいな話、私はいっくらだって知ってます。
そんな、毎日が、綱わたりみたいな仕事環境で、「チャレンジング」で「冒険的」な仕事とか誰がするかよ、「無難」に「ミス」なくが最高だと、思うのが通常の神経であります。
そういう職場で「働く意味ってなんだ」と考え込むのは、自然なことではないでしょうか。誰もが組織では哲学者になる。あるいはミスだけはしないようにという無難ロボットになる。あるいは鬱病にだってそりゃーなるだろうさ。
友達にあったら、2時間も3時間も愚痴を言いたくもなるのも当たり前だろう。
いまどき流行の、偽の鬱病みたいなヤツ。あのやたらと本人が「おれは鬱で、鬱なんだけど、鬱だから、鬱だってば」と大騒ぎして、「こんだけクスリを飲んでて、副作用がどーだから、俺は今こーんなに頭が悪くなってて、でも本当はてか昔はもっとずっと頭が良かったのに、最近ちっとも物覚えが・・・」どねーのこねーのなどと人にアピールしているけれども、よく見りゃ結構本人は元気、みたいな、例のヤツ(←ブログやってる人にもとても多い症状)。
仮面鬱病だっけ、なんだっけ、本人がやたら大げさに騒いでる系の鬱ね。ああ、やっかいだ。
最初の一時間はもちろん同情するんだけれども、もちろん2時間目以降からはイライラしてくるわけだ。
躁鬱病ってゆーか、総ウソ病じゃんかと、北杜夫のエッセイに出てきたようなことを言いたくなってくるわけである。
仕事にストレスというのはつきものなので、いい大人がそんなものを自慢するのもどーかと思う。誰しもある程度はそういうものと付き合うのがこの社会はむしろ自然で、虫歯や近視、肩こりみたいな持病の一種とすら言えるのではないか。
それはともかく、彼がそうした鬱的状況にはまりこむというのも、私も30過ぎまで会社員やってたからすごくよくわかる。
「なんのために働いているのか」とつい、呆然となってしまうような状況というのが、大きな組織だと起こりがちなんであります。
たとえば、一人で、とある得意先を担当し、そこからの売り上げを三年かけてこつこつと伸ばしていき、ようやくスゴイことになってきそうだという矢先、はい、じゃ、異動なんで、ごくろうさん、あとはこっちのチームが引き継ぎますよ〜と、勝手な人事が行われて、そのチームがいきなり巨大な売り上げをあげて、これまでほとんど関係なかったそのチームの課長が社長賞かなんかもらって、社内で一躍脚光を浴びたりしてね。最初から俺がいちばん大変なところの下地を作ったんやろうと、誰に言っても信じてもらえないとかさ。
たとえばね、そういう話だって、私は何件もみているし、もんのすげーーー会社組織としてはよくある、ありふれすぎてナンの新味もない話だ。
そういうとき、その人は「なんのために働いてきたのか」とかついぽろりと漏らしがちであります。
他にもたとえば、もーれつ働いて、毎日誰よりも早く朝8時には出社し、夜中1時過ぎまで仕事して、一般的な同期の3倍は働いて5倍の売り上げは挙げている、そんながんばりやの20代の男がいて、その隣の席には、一年先輩だけれども、コネ入社で毎日お稽古ごとで定時に帰るつもりの、一般職みたいな仕事しかしてない女性がいましたと。その先輩は朝10時出社、夕方5時半帰宅で、一切休日出勤はしない主義の人で、それはそれでいいんだけど、なんかの機会に、その先輩の給料とボーナスの額を聞いてびっくり、その人の三倍働く男よりも月収はもちろん、ボーナスの査定も良くって、年収にして100万はその人の方が良かったと知る。
そうするとね、別にその先輩が悪いわけじゃないのはよくわかってるんだけど、「いったい俺はなんのために働いているのだろうか」とやっぱりその彼もがっくり来るかもしれない。
こんなこともすげーよくある話。ボーナスの査定とか適当だからね。たまたまその女性の先輩が上司に妙に気に入られてたのかもしれないし、コネ入社の時に最低年俸の契約があったのかもしれないし。
そういうね、組織というのは、末端の人間のやる気をうばうようなことはいっくらでもある。ありまくりである。ありまくるのが組織。不当なものが組織。組織に公正さとか求める方がおかしい。組織とは成り立ちからしてそもそもが絶対的に理不尽なものなんであります。
組織で「働く意味」を失いがちというのはだから当たり前。
武士と同じで、何らかの「プライド」だけで生きているものだと言える。矜持というか。
武士は食わねど高楊枝だから、給料の高い安いは俺は気にしないんだという、(それも妙にねじれた話だが)そういう高い志を持たないと会社員はやっていられないものだ。
大企業の中で出世するというはっきりとした野心を持つのなら、出世は通常実力だけじゃだめだから、いわゆる政治的なおもねりやらなんやらかんやら、年始の挨拶で妻子を連れて上司のお宅にご挨拶に行くようなこともやっぱりやらんといかんかったりとかね。
その出世の可能性を目指す一部の人以外は、昔から日本企業じゃ、定年まで本社にしがみついているのがせいいっぱいで、ブルンブルン関連子会社にふるいとばされていくのが当たり前の状況だ(なにしろ上に行くほどポストの数は限られてるからね)。
自分と自分の監督下の部下たちが、ミスをしないことが前提で給料というのは渡されるもので、チームの誰かがずっこけたら、あっというまに、左遷だ、なんだかんだ、これもすごくよく聞く話。昨日までは、飛ぶ鳥を落とす勢いの部長だった人が、とあるボケナス部下のために、あっというまに、箱根の保養所にぶっとばされて、その保養所の布団の上げ下ろしが仕事になってしまったとかね。そんな漫画みたいな話、私はいっくらだって知ってます。
そんな、毎日が、綱わたりみたいな仕事環境で、「チャレンジング」で「冒険的」な仕事とか誰がするかよ、「無難」に「ミス」なくが最高だと、思うのが通常の神経であります。
そういう職場で「働く意味ってなんだ」と考え込むのは、自然なことではないでしょうか。誰もが組織では哲学者になる。あるいはミスだけはしないようにという無難ロボットになる。あるいは鬱病にだってそりゃーなるだろうさ。
友達にあったら、2時間も3時間も愚痴を言いたくもなるのも当たり前だろう。


