吉祥寺で暮らして働くマーケッターの、本と映画と仕事の日記
秋休み前
例年10月はヒマなんで、この時期に夏休みの代わりの秋休みを取ることにしている。九州をのんびり車で回ってみたり、オーストラリアに行ってみたり。子供が生まれた年はさすがに何もできなかったし、去年は妻の祖父がこのタイミングで亡くなったのでこれといったことはなかった。
だいたいまともに私は夏休みが取れないんである。いーよ、年に1回くらい大型休みをとったって。どーせ10月はヒマなんである。

・・・と思って、今年は10月に沖縄に行くことにした。もうホテルも飛行機も予約済み。ちょうどブログ仲間のR君も超偶然なことに、そのタイミングで沖縄に行くみたいなので、向こうで会えるかもしれない。

そしたら、いったいどういうことか。
毎年毎年、5月と10月はあーんだけヒマなのに、今年に限って、珍しく10月に売れっ子になってしまった。10月1日から出発の中旬までの間に、仕上げなきゃならない仕事が6本もある。10日で6本ってそりゃマジかと思うような超過密スケジュールである。そんでまた全部が全部めんどくさい系なんである。つまり他の事業者に外注するなんてことができなそうなヤツ。

そういうわけで、しばらくは過密スケジュールの中、ガチガチになりそうです。
「この人と結婚するかも」(中島たい子)
この人と結婚するかも この人と結婚するかも
中島 たい子 (2007/09)
集英社

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「漢方小説」で芥川賞候補になり、続けて発表された本作でも2回目の候補にもなった中島たいこ。
内容の斬新さ深さ巧みさにもかかわらず、エンターテインメント要素が強いため(単に読んでておもしろいため)おそらく芥川賞は無理だろうというのが「メッタ斬り」コンビの予想。

それはともかくこれはおもしろかった。「あたり」。

主人公は20代中盤の独身女性。
学生の頃、学食で声を自然にかけられた男性に
「この人と結婚するかも」
と直観する。
が、すぐにその男がちゃらちゃらした変な格好で、変な彼女を連れていることがわかり、その直観が間違っていたと思う。

小さな美術館の学芸員として就職する。
そこに取材に来た記者に、帰り道駅まで車で送ってもらう。
「この人と結婚するかも」
と直観する。
が、記者が翌日電話をしてきて「うちの子供も見たがっているので、チケットを送っていただけますか?」と言われる。

通りすがり、すっげータイプの男性と偶然話しをすることになる。
「この人と結婚するかも」
と直観する。
その人とは二度と会うような偶然は起こらなかった。

何度も何度も
「この人と結婚するかも」
と妄想をふくらませてる自然食に凝るイマドキの一人暮らし女性学芸員。話をイチイチ書くのが面倒な私ですらついあらすじ紹介したくなるほど、グーなイントロ。
江口寿史の漫画にこういうのがありました(確か「なんとかなるでショ」に所収)。
そうそう、実はここまではイントロ。こっからがまたさらにおかしい。

そんな「この人と結婚するかも」と直観がぜっっっったいに外れることを経験で覚えてしまった彼女が、英会話教室でまたまた偶然、同世代の結構イケテルサラリーマンに出会います。
彼女はつい「この人と結婚するかも」と思ってしまいそうになるが、そう思った時には必ず成就しないというジンクスのため、絶対にそう思わないように思う。

魅力的な周辺登場人物を多彩に配し、有機的で比喩的なエピソードを複層的にいくつもいくつも重ねることで、物語テーマが自然と浮き彫りになるような作りがうまい。小説として非常に巧みな構成だと思う。

この小説から立ちのぼるエッセンスとは、マスコミや慣習や人の意見やら、うさんくさい「形式的な何か」にとらわれながら、「本当の何か」を見失っているてことはないだろうか、みたいなこと。
それに気がつく瞬間は、禅の公案がほどけたように、一歩自由になれる気持ちよさがあるものだ、みたいなこと。

ちなみに、同時収録の「ケイタリングドライブ」がまた抜群。
終盤に多少蛇足なオチがついているのが残念だけれども、途中の読ませ方、切れ味のある一人語りの台詞は、コッチの方が断然上。久しぶりに小説を読みながら何度も爆笑した。読み言葉で笑わせるってそれ、相当ですよ。すごいリズム感だ。圧倒的な才能を感じた。

とにかくこの人、久しぶりに笑いのセンスのある女流作家って感じ。
しかもかなり上質でうしろにかなりの知性が控えている感じ。

テーマ:紹介したい本 - ジャンル:本・雑誌

「いつまでもデブと思うなよ」(岡田斗司夫)
生まれて初めてダイエットをすることにした。
もちろんこの本の影響である。
つーかあの激変した岡田さん自身の影響である。
「いつまでもデブと思うなよ」
いつまでもデブと思うなよ (新潮新書 227) いつまでもデブと思うなよ (新潮新書 227)
岡田斗司夫 (2007/08/16)
新潮社

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さすがはオタキング、オタク心のツボを押さえている。
そもそも岡田さんの本は結構好きなんだけど、今回はまたスゴイ切り口で。何しろテレビで彼を見た時にゃー驚いたし。

岡田氏の自宅や事務所はうちの近所で、何度か吉祥寺の街でお見かけしたこともある。でも今は気づかないかもね。当時は例のあの巨体だったからすぐにわかったけども、今やただのおっさんだもんね。

とにかく、岡田氏が身をもって証明した、レコーディングダイエットを早速朝から開始している。
まずは道具。

体脂肪を計ることのできる体重計を吉祥寺ヨドバシカメラで購入。シンプルな機能だけでいいので5千円位のあんまり高くないヤツ。
それとレコード用の手帳210円。吉祥寺ロフトで購入。

朝ごはんは岡田氏推薦の「SUBWAY」。吉祥寺北口店。
吉祥寺にはここしかないから多分岡田氏が食ってるのもこの店舗であろう。
サブウェイはカロリー表示が明確で、しかもほとんどがかなりローカロリー。
朝照り焼きチキンのサンドイッチMサイズで370カロリー位。
昼飯は自分で作った讃岐うどんで260カロリー。
おやつにチーズを2カケラで160カロリー。
ここまでで合計750カロリー。

私の基本消費カロリー(目標)は一日1500〜2000カロリー程度なので、つまり今日は700カロリー以上食べても超余裕。つまり朝飯のサブウェイサンドイッチ2個分は食ってもオッケー。
ちなみに、レコーディングダイエット、最初はこんなカロリー計算なんかしなくてもいい。いわゆる「助走」なんで、カロリーすら付けず、ただ何を食ったのか、それを克明に記録するだけ。最低1週間は。どれだけ食ったも大丈夫。まず必要なのは、記録の習慣と、食っているものの自覚。岡田氏はこの「助走」を半年近く続けた。ちなみに、食事制限一切無しのこの「助走」だけで10キロ痩せたというからスゴイ効果であります。

「この人と結婚するかも」という素晴らしい小説についていろいろ書きたいのですが、それはまた次の日記で。とってもおもしろかったYO!
この人と結婚するかも この人と結婚するかも
中島 たい子 (2007/09)
集英社

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テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

アクセス
昨日の朝、日記を更新してから、通常の3倍以上のアクセスがあった。
その大半が、訪問が初めての人。
アクセス理由はもうはっきりしていて「ビッグダディ」とその関連からの検索。
FC2ブログは、昔やってた楽天と違って誰がどういうルートで何回来たのか、かなり詳細までわかるのがすごい。

それにしても改めて思うテレビ番組の影響力。
テレビは偉大だ。
だからこそそのコンテンツに参加する人は(特に報道関係の人、具体的に言うとアンドウユウコ等)もうちょっと慎重に言動を考えて欲しい。
多分考えた上で、自分の影響力を誇示するように発言していることだろう。誰が日本の支配者なのかを政府に対して示しているつもりなんであろう。

とにかく、アクセスを増やしたかったら、単純に、テレビ番組の感想を書けばいいだけの話だ。
本の書名をタイトルにしてもダメ。
漫画は多少アリ(いまでも「毎日かあさん」や西原理恵子で検索して訪問してくださる方もいる)

今日、打合せで長旅だったんで、行きと帰りで「この人と結婚するかもしれない」という超スーパー「当たり」小説を読んだんだけど、その話を書いても誰も読んでくれない。
でもいいのだ。
アクセスを増やすためにテレビ番組のことを書くよりも、他人は読まなくてもおもしろいと思った本や漫画のことを今後も書いていくことでしょう。もちろんおもしろいテレビ番組については従来通り諸手をあげてほめまくる予定です。
ビッグダディ
大家族モノは、妻が好きなんで、なんとなく見る習慣がついてしまったが、今のトコ、イチオシのおもしろさは、テレビ朝日の「ビッグダディ」シリーズだ。
これが群を抜いている。

他の大家族モノってのはたいてい湿っぽいんだよね。お涙ちょうだいがクサイ。出演者は頑張っているが、明るさが足りない。
多分、人気大家族シリーズといえば、高校生で子どもを生んだ美少女の長女「あざみちゃん」のいる青木家シリーズが筆頭にあげられるだろうけれども、あれも、いろんな悪い噂もあることだし。それがなくても、私はああいうかわいそうというか、短調ベースの悲しさが似合う家族よりも、同じ離婚してても、父親のたくましさとリーダーシップと明るさを家族全員が受け継いでいるような、南の島の「ビッグダディ」の方がずっと好きだ。

強いて言うなら、二番目は珍しくお父さんがホワイトカラーサラリーマン(確か外資系化粧品会社勤務)のシリーズ。あれも好きだね。どっちも親が明るくて、自然体なのがいい。口は悪くて、体力派だけども、実は結構知的って感じがする。

それはともかく、昨年の夏、初めて放送された「ビッグダディ」には、これまでの大家族モノとは、一線を画した、強い新奇性とエンターテインメント性があった。マジでやらせなんじゃないかっつーくらい、ドラマチックな舞台と展開。他のチマチマした大家族モノとは、ストーリーのダイナミックさが別次元だし、登場人物たちの内面的豊饒さたるや比較にならない。

大家族モノ筆頭ブランドである「あざみ」ちゃんのいる青木家シリーズがまず注目を浴びたのは、大家族なのに、お母さんが出て行っちゃってるという点。これは結構衝撃的であった。父親一人で大家族を支えている。すごい。で、長女の「あざみ」ちゃんの美しさと、その子がさらに高校生で未婚の母になるという、メチャクチャな展開もこのシリーズの視聴率を支えた。そこにはしかし「どうなっちゃうの?」「大丈夫なの?」という不安要素もあったし、母親が「モザイク出演」で涙のご対面など、どうも、70年代的「貧乏と戦う」「世間と戦う」つましさが残っていたのは否めない。

「ビッグダディ」シリーズも、お母さんが出て行っちゃっている。これは青木家と同様。「ビッグダディ」のウリは、お父さんのコミカルなスーパーマンぶりと、それに喜んで従う明るい子ども達。そこには涙はなくて、笑いがある。
しかも、舞台は、奄美諸島の、冴え渡る青空と、澄み切った美しい海。
リアル「サウスバウンド」である。

前回までで私はすっかり大ファンになり、ただその海の側での明るい子ども達の暮らしを描くだけでも、十分視聴に値すると楽しみにしていたところ、なんと、今回は、マージでとんでもない展開が用意されていたのであったぁああああ!!!
ホント、ドラマかと思うですよ。もしもそうなら、こんなに優れた脚本は存在しないし、登場人物(特に子役)たちの演技は、アカデミー賞を100個くらい取れるほどの信じられないリアリティであります。

なんと、今回、8人の子ども達を7年前に捨てたお母さんが「顔出し」で出演!!!!! 青木家のモザイク出演とは違います。しかも、これがまた、予想を裏切って、結構可愛い感じの36歳。おまけに(8人の子どもたちとは別の)3つ子を連れて登場。
昨年の放送をきっかけに、「やっぱり復縁」を願っての奄美到来であった。どんだけドラマチックなんだと。あとどれだけ大家族を増やす気なんだと。
このお母さん、普通に考えれば、相当、わがままなだけの人って感じだが、しかし、画面からはあんまりそう感じられないのは、36歳のこのお母さんが、また明るくてノー天気で結構かわいいこと。明るさはすべての欠点を隠す。
こっからさきはおもしろすぎる展開だったのだが、それは他のブログでも検索してご覧ください。あーーーおもしろかった。久しぶりにおもしろいテレビ番組を見た。だから「ビッグダディ」シリーズは、大家族モノでナンバーワンだって、俺、去年も言ったじゃん。しかし、さらに今回ここまでおもしろくなるとは・・・。大家族モノの枠を超えて、ドキュメンタリーシリーズとして、ほとんど最高傑作。日本のドキュメンタリーってまず間違いなく、「悲しい」話に終始するものばかりであるが、この「ビッグダディ」は歴然とコメディであり、はっきりとしたエンターテインメントであるということが、スゴイんだよね。
おばちゃんのIT
どんな仕事もたいてい連携になるものだが、メールによるコミュニケーションはその連携作業を効率化してくれる。
作業領域を分割し、ある1つのファイルを完成させようとする場合には、当然ファイル管理が重要になるが、(誰がいつそのファイルを更新させたか、その更新元はどのファイルか等)、そこで一定のルールを決めていきさえすれば、主にCCによるメール交換を繰り返すことで、作業はかなりスムーズに進む。

重要なのは
●ファイル管理のルール
●メール交換のルール
なわけである。
そして、そうしたことは、インターネット社会となって既に10年経過する現在、ビジネスマン同士の間では、自然と不文律のルールとして定着しつつある。


が、この連携作業に「おばちゃん」がからむと話がすげーややこしくなる。
「おばちゃん」はIT作業があまりにも苦手だ。

IT作業というと、「おばちゃん」たちは、ワープロの入力のことだと信じ込んでいる。そのキータッチはネット社会が10年経ってやっと普通にこなせるようになってきている。(が、かなりヘボ)

しかしおばちゃんたちにはそれ以上のことは期待できない。
別にHTML言語で何かしろとか、そんな高度なこと言ってるわけじゃない。自分の作ったファイルの管理くらい、ちゃんとしろと言ってるだけの低次元なこと、それすら、おばちゃんたちには、相当難しい。
自分のワープロ文書のことしか頭にない。おばちゃんたちには空間認識能力がないのは原始時代からだが、最近になってファイル管理能力もないことがはっきりしてきた。

私が「A」というWordファイルをおばちゃんに送り、それをちょっと上書きして寄越してねとおばちゃんに頼む。
おばちゃんは3日くらい経ってからこっちにメールで「A」というファイルを送ってくる。
同じファイル名にしなくても、「Abyおばちゃんが作った9月15日に」ということがわかるファイル名にすりゃいいのになーと(例えば「A-oba-0915」とか)思って、そのファイルを開いてみる。
見てみると、さっぱり、内容が更新されていない。おばちゃん、3日経って何もやってないのか?
そう思って電話してみる。おばちゃんには、口頭で説明しなきゃわからんことが多いのだ。(そのくせおばちゃんは恥ずかしいのか、メールばかりを使いたがる)

「あれっ、どうしてそういうことになるんですか?」

知らんっ、俺に聞くな。あんた一体、どういう処理をしてきたのか?

「どういうって、空欄にちゃんと数値を入れたんですが」

だからそういう文書を、いったいどのフォルダに、どういう名前で保存したんですかっと聞いているんですが。

「あ、それはどこにあるんですか?」

だからそんなん、お前のパソコンの中の話を俺が知るかあああああ!!!


ことほどさように、おばちゃんたちは、「他力本願」で「依存症」だ。
問題は常に「自分以外」にあると信じている。
だからおばちゃんたちは「謝らない」んである。

おばちゃんたちは、謝らない。ホント謝らない。
自分があきらかにおかしなことをしているのに、むしろこっちが悪いくらいの勢いですごむ。
だから彼女たちには成長がない。
そしていつまでたっても、世間のみんなの足を引っ張り続ける。
「4TEEN」(石田衣良)
連休に読んだ本は一冊だけ。もっと持っていけばよかった。

石田衣良の「4TEEN」。
4TEEN (新潮文庫) 4TEEN (新潮文庫)
石田 衣良 (2005/11/26)
新潮社
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なんだかんだ悪口風に書いているが、実は石田衣良の本はほとんどコンプリートに近い。なぜなら、「読みやすい」「浪花節」で私の好きな「金持ち話」がよく出てくるし、イマドキ実はすげーめずらしい「ザ・大衆小説」だからですね。あんまりハズレないし。この作家に文学性を期待するのは間違っていて、昔ながらの「お話」というか「読み物」としての「おもしろさ」や「気持ちよさ」を期待すべきなんであります。

そんな、隠れ石田衣良ファンである私ですが、この最も有名といってもいい直木賞受賞作だけは今まで読んでいなかった。他の小説は相当マイナーなものまで読んでいるのに、コレだけ読んでなかった。
なぜか?

匂っていたからである。
私は本については昔から鼻が効くんである。
くんくん、くんくん、これおもしろそう、くんくん、これつまんなそう、くんくん、これ売れてるけどダメそう、くんくん、これそのうちすげー売れそう、くんくん、これ売れなそうだけど絶対俺は好きそう、そんな感じで昔っから鼻が効く。

「4TEEN」は、最初っから、匂っていた。
くんくん、うーん、この人、「池袋」とか「波の上の魔術師」の人でしょう、なんで、この本だけつまんなそうなニオイなんだろう、くんくん。
そんなわけで、これだけずーーーーっと手に取らなかった。
その後、これが直木賞を受賞した。
くんくん、さらに、そのダメそうなニオイが確信に変わった。これ直木賞だけど(直木賞だから)絶対ダメだって、絶対つまんないに百万点だ、くんくん。

そして、そのまま放置して、つい最近にまで至っていたのであった。
ただ、いつか、文庫は買っていて、その文庫が旅行カバンの中に紛れ込んでいた。いつも旅行には何冊も文庫を持っていくが、読んじゃった本はそのまま捨てるか取り出すかするけど、読まなかった本はそのままカバンの中に取り残されていくのだ。

で、今回、他になーんも持っていかなかったんで、仕方なく、残り物の「4TEEN」を読んだ。

やっぱりね。

私のニオイ当ては大正解であった。
すっげーーーーつまんないじゃん。
やっぱダメダメじゃん。

そもそも「直木賞受賞作」はダメってのは定説。
その直前に発表した何作かがいちばんおもしろいってのは、有名であります。(山本周五郎賞はそうではないというのも定説)

くどいようだが、私は石田衣良がかなり好きな、ファンに近い読者であります。だけど、これはダメ。
なぜか。

●子ども主人公がダメ→絵空ごとになるから

多分、これが一番の理由だと思う。
「子どももの」って他にもこの人書いてるけど、たいてい、きれい事でおしまいというか。この「4TEEN」の対極というか、多分「裏バージョン」のつもりで書いたであろう「うつくしいこども」も私はダメでした。あっちはイジメだ自殺だを描いたものだけど、まるで野島伸司のドラマのような陳腐な展開。いや、陳腐って言ったら全部がそうだから、それが理由じゃなくて、単純におもしろくない。小説として、先を読みたくさせるような「シズル感」に欠ける。もうね、この人の場合、それが命なんであります。どんだけ大衆商品で、ありがちで陳腐な物語であろうと、とにかく「読ませるチカラ」が大量に散りばめられていること。それは例えば、大量消費のインスタントラーメンのような規格工業製品の食品だろうと、とにかく「うまーーー」と食わせるだけの「化学調味料」のチカラとでもいうか。強引に「うまい」と言わせるだけの何かが(多分それは不健康で現代的なもの)いつもこの作家にはあったのだけれども、この「4TEEN」にはそれが著しく欠けているように感じる。すげー抽象的だけれども。


そもそも子ども時代のことを書いた小説で何か優れたものがあるだろうか? あ、最近読んだ「残虐記」(桐野夏生)は子どもの描写がすごくよかった。
残虐記 (新潮文庫 き 21-5) 残虐記 (新潮文庫 き 21-5)
桐野 夏生 (2007/07)
新潮社

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テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

連休の過ごし方
田舎にはノートパソコンも持っていったのであるが、結局土・日・月と3日間、パソコンを開かなかった。
そうするとすげー休みって感じが出ます。

失敗したのはあんまり本を持っていかなかったこと。
田舎はテレビの映りが悪いので、あんまりテレビも見なかった。
DVDを観る機械もないし。
だからもー三日間延々と寝る寝る、超寝る、すんげー寝る。
あとは子どもと一日4回くらい散歩していた。
お祭りはすごい迫力だったが、そもそも私はあんまり人混みが好きじゃないので、ほとんどの時間が家でダラダラと、寝た寝た、超寝た、すんげー寝た。
三連休
多分、梅雨時期以来の超久しぶりにちゃんと休める三連休。
妻実家方面にて、わりと大きなお祭りがあるらしいので、それに行ってきます。毎年この時期忙しくて、私は結婚以来この祭りを見るのは実は初めて。
安くてもダメ
とある公的施設の調査を、開館以来10回にわたり、私が企画・ディレクションをして調査実施、集計分析を行ってきた。
そこの仕事は毎回かなり成果も上げていて、フリーになって以来、自分の代表的仕事の1つとして考えていた。

が、そこの仕事、(公的機関には最近結構ありがちなことだが)昨年から「とにかく安くしてくれ」と言ってきた。
調査全体1回200万ぐらいの見積もりであったのだが、100万にしてくれと言い出してきた。相見積もりにしますからねとかなんとか。
500サンプルのセントラルロケーションテストを200万で実施+集計+分析をしているだけでも、超スーパーバーゲン価格であるが、その半額なんて、わるいけどやってらんない。そんなんでやりたいとか言い出す業者がいるなら、どーぞご自由にと、昨年でわれわれは手を引くことになった。

今、公的機関は、談合防止とかなんとかなんとか、とにかく業者間の見積もり競争が過度にはびこっていて、「とりあえず安く」みたいな「血税なんだから」みたいな、頭の悪い(逆差別的)風潮が広まっている。
昔から私は談合もある意味で支持しており、こういう「安ければ正義」みたいな、業者間競争は単に手抜きを発生させるだけだと、良い傾向とは思っていなかった。

そうしてみたら、あにはからんや。やーい、ざまーみろ。ほーれみたことかと、つい昨日、電話がかかってきた。

・・・・昨年は予算の都合で100万円で他業者にやってもらったんですが、そこはちゃんとしたトコロではなかったようで、あまりにも出来がヒドイんです。やらしてみたら何から何まで素人で、実査もダメなら集計もダメ、もちろん報告書なんてやったことないんじゃないかって感じで分析のぶの字もない、っつーかそれは料金に入ってないとか言い出されて。結局苦労だけかけられて、まるっきりお金をドブに捨てるみたいなもの。さらにアドオンで(当初の契約以上の)お金を払ったにもかかわらず、出てきた結果はさらにさらにまーーーったくダメ。
やっぱり、マーケッターロボさん達にやっていただかないと、ダメだということに社内で話がなりまして・・・・とわざわざ私がエージェントにしている会社まで「今年からまたお願いします」とクライアントの責任者自らが足をお運びになったのであった。

うぉっほん。
わかったかね。
正直言うと、こうなることは私、火を見るより明らかだと思ってました。
安いところに頼むとそーなるのってのは明らかじゃん。
誰でもできると思ってるんでしょうが、そうじゃないのはわかったでしょうと。

最近流行のネットリサーチ専業調査会社って、あれもこうなる運命なのは、業界の長いプロの人たちはうすうす気がついている。
安かろう悪かろうってのはね、すぐに化けの皮がはがれるのであります。
なんでもかんでも「マーケティング」とか名前つけたがる、うさんくさくて中身のない会社多いからね。
細かいディティールに、いかにノウハウが詰まっているか、金を出す側も、安くてヘボな新参者の素人たちにまかせてから気がつくがよい。

そういうわけで気分がよい。
どんな仕事にもプロと素人はいるものであります。
そもそもの良心的な最低価格で私は常に業界トップクラスのクオリティの内容をお届けしているのであります。
他の人の仕事をみてもらえれば、私がいかに安く、いかに優れた仕事をしているか、それをわかってもらえるはずであります。
くるくるシニカル(玖保キリコ)
玖保キリコは篠原涼子みたいなものだ。

篠原涼子を初めて見たのは、80年代、ダウンタウンの「ごっつええ感じ」。Youとともに、若くて可愛いいじられ役の『汚れアイドル』としてであった。この時はキレ者のYouとは対照的にかなりのバカキャラであったように思う。

その後、ふっと画面から姿を消し、次に現れた時は90年代初頭、小室ファミリーとして、「愛しさと切なさと心強さと」でスーパーヒットを飛ばす『ミリオン(一発屋)歌手』としてであった。
ずいぶんとイメージが違って、ちょっと色気も出てきた感じ。

篠原さんはその後また画面から姿を消して潜伏する。
結構長く、「たま〜にチョイ役で出る(昔流行った)アイドル」みたいなスタンスであったように思う。
例えば、97年放送の「踊る大捜査線」のテレビシリーズでは、織田裕二の情報屋としてちょっと動いたりする、台詞の数もたかがしれてるような、あっきらかな脇役出演をしていたりする。
2000年の「かばちたれ」でも、単なる婦警さん役でこれまたちょい役出演。

だったのが、ホント、篠原さんがスゴイのは、何度も何度もスターになる場面が周期的にやってくることだ。この人くらい粘り腰に、何度もピークを迎える人も珍しい。
その後、どういう経緯かはわかんないけれども、今じゃCM本数もたっぷり、主演ドラマは目白押しで、そのどれもが高視聴率という、視聴率クイーンの一人として君臨中である。(この3番目のピークには結婚によって多少落ち着いた感はあるが・・・)

さて、今日の日記は篠原涼子の話ではない。
漫画家玖保キリコの話である。

80年代、白泉社を主な舞台として、初期代表作「シニカルヒステリーアワー」によって、彼女はメジャーになる。
そのスピンアウト作品とも言える「ロジカルアレルギーアワー」もヒット。
ここが彼女の第一のブレイク。
ちなみにこの頃のLALAは大豊作で、成田美奈子が「エイリアンストリート」で超スーパーヒットを飛ばせば、一方で吉田秋生は「櫻の園」の連作を発表し、「日出処の天子」もクライマックス、たまに大島弓子が「綿の国星」やら他作品も発表するという、信じられない超強力な布陣!!! 古今東西あれだけ贅沢な作家が揃った漫画雑誌もなかったんじゃなかろうかという構成であった。
その中で「シニカルヒステリーアワー」もキッチリと輝きを放っていたものであった。

その後、玖保キリコは小学館スピリッツへ舞台をうつす。が、正直、私からみて、これはかなり失敗だったんじゃなかろうかと思う。「バケツにごはん」とかつまんねーもん。「いまどきのこども」も焼き直し感があるよねー。やっぱり「ツネコちゃん」ほどの強力なキャラクターが生まれるかどうかが漫画の生命線だ。

ぶっちゃけ、ここは玖保キリコ先生の低迷期だったんではないかと私は考えています。

しかし、玖保キリコさんは、その後不死鳥のように再生します。
もちろん、ご存じのアレ「どうぶつ占い」によってであります。
これがまたまたスーパーヒット。
スゴイ。どうぶつ占いのような「キャラ祭り」こそ彼女の本領発揮部分。
これでまた一世を風靡します。


・・・・しかし、時は流れます。どうぶつ占いが流行ったのは90年代末〜2000年初頭まで。私は今でも信頼度ナンバーワン占いだと思っていますが、世間の若い人には、「どうぶつ占い何?」って聞くとバカにされちゃうか、「ああ、そういうの、聞いたことある」で終わりです。俺はクロヒョウなんじゃぁあああ。


ところが、玖保キリコはまさに篠原涼子のように再三の復活を遂げようとしています。そう、お手本は火の鳥ではなく篠原涼子。何度も何度もブームを起こす女。ブームのきっかけはいっつもよくわからないけど。一発屋人生を三発も起こす奇跡の女。

その3度目のブームを狙った「くるくるシニカル」。
これ、おもしろいよ〜。
「シニカルヒステリーアワー」のみんなが、大人になって登場。
みんな結婚してたり、離婚してたり、子供がいたり、起業してたり。
あの80年代のキャラクターたちがそのまんんま蘇る。
それにしても、20年ブリに読んだというのに、全員のキャラクターをかなり克明に覚えているこっちも不思議。
私の記憶力の問題ではない。なぜなら「いまどきのこども」の大人バージョンがあってもそれは誰も覚えていないだろうから。
「シニカルヒステリーアワー」の登場人物たちがいかに傑出したインパクトを持っていたかということであろう。
あの頃のアレを読んでいた方、必見。
くるくるシニカル―帰ってきたツネコちゃん (花とゆめCOMICS) くるくるシニカル―帰ってきたツネコちゃん (花とゆめCOMICS)
玖保 キリコ (2007/09/05)
白泉社

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テーマ:感想 - ジャンル:アニメ・コミック

入金まで
気がつけば9月ももうすぐ下旬である。
請求書20日〆の企業宛にはもう送らなければならない。
9月は半期末でもあるから、手続きの遅れはいつも以上に許されない。
今月は今日までに3社への請求を送った。あと2社分も送る必要があるが、こっちは月末で大丈夫。今月いちばんの中核を占めた仕事は、請求が多分10月で、入金は12月になるであろう。ちなみにこれ仕事開始、企画書書いたのは6月である。半年経ってやっと現金化。私の仕事の実質は9月の頭が大半を占めたのに、入金は年末。これはお金は結構いいんだけれども、私はどっちかというと、安い仕事でいいから、ポンポンすぐにお金になった方が嬉しいなと思います。

以前、某社の財務担当取締役から、結構真面目にBLとかキャッシュフローのことなど教えていただいたことがあるが、その時すげーわかったのが、企業財務で重要なことは(特に不景気な局面で重要なのは)、いかに「現金を持つか」ということであった。
債権をもっててもしゃーない。
昔から、中小企業のオッさんなどが、「今日の1万円は、来年の10万円よりも大事」といってた意味がよくわかった。
「払いは10万円だが、1年間待ってもらう」という件と、「払いは1万円だが即金で払う」といった場合、経営判断としては、意外と「即金で1万円」の方が重要視されたりする(金額程度は微妙だが、そのくらい、即金・現金というのはチカラがあるというニュアンスで)。
「今ある金」というのは、経営/財務にすると、すごく意味が出てくるということだ。

そういうわけで、賢い企業であればあるほど、(当然のことであるが)「払いはなるべく遅くして」、「もらうもんはなるべくなるべ〜く早くいただく」という戦略を採ることになる。
払いを遅くしてつったって、従業員給料を遅配するわけにはいかんので(それやってたらかなり会社として最悪の末期と言える)、取引先への支払いは例えば手形にしてみたりとか、なるべくなるべく一日でも遅くなるような努力がなされる。
コスっからいが、企業の取り扱う何億円ものお金では、一日の違いによる利子の差なんてのもかなりバカにならない。それが毎月重なればかなりな差がうまれることになる。

ただ、個人的には私が他の人に(ごくまれに)仕事を依頼する時には、まーたいてい即金でお支払いをすることにしている。自分に得はないのはわかってるんであるが、カード払いみたいに、後で請求されるのが気持ち悪いんである。どーせこっちから仕事を発注するケースなんて年に数回あるかないか位だし。
ソレのドコがおもしろいの?
いったいこれのどこがおもしろいのか、さっぱりわからないものがある。
それは『脳内メーカー』

ロボの脳内

“わー俺って、「遊」のことばっかりでぇ、ちょっとの「悩み」と、あとは「金」のことだけかよっ”

とか言って、最後に(笑)マークを付けて、ブログで公開するとみんなが大爆笑するということなのであろうか?
コメントにも当然「遊びばっかじゃん、大人の遊びは適当にネ!」みたいなのが付いたりするのだろうか?

私はこの「脳内メーカー」が流行しはじめた時、てっきり、「性格診断テスト」みたいなものをネット上で答えていって、その結果がこの脳内ビジュアルに反映されるものだとばっかり思ってました。まーそれがこの遊びのキモなんだろうと、普通思うじゃないですか。そうじゃなきゃ、いったいナンのおもしろさもないわけで。

そしたら、違うんである。そんなテストもクソもない。
単に、名前を入れると、この脳内ビジュアルができちゃう。
なんじゃ それ。
これのいったいドコがおもしろいの?
何? まったく意味不明でしかも何も気の利いたところがない。

例えば(販売中止になったらしいけど)犬の鳴き声から日本語を推測する「バウリンガル」って、多分相当インチキに違いないけれども、しかしある程度の信憑性を担保にしたような、バックデータの存在を匂わしてたりして、そこが確かにおもしろかった。
各種性格診断も、血液型や動物占いなど、細木数子にしたってですね、何かしらの「根拠」めいたものがあってはじめてそのおもしろさは存在するはず。その根拠が正しいものかどうかは知らんけれども、とりあえず、誰かを適当にだませるだけの、迂遠でうさんくさい「理屈」が中間に介在しているから、そこにおもしろさが存在した。

しかし、この脳内メーカーには、その理屈が一切存在しない。
なんじゃ、これ。
どこがおもしろいのか?

どこがおもしろいのかわからないけど、おもしろいというのは確かに存在する。一昨年はHGが「フゥー」と叫ぶだけで、確かに全国が大笑いした。「欧米か」と言うだけで、今年の冬はおもしろかったし、今は「そんなの関係ねぇ」と言うだけで笑ってしまう。
しかし、今「どんだけぇ」と言っても、イマイチおもしろくないですね。そんなこと言い出す人ってちょっと田舎くさい感じがする。その人の家のテレビってちょっとタイムラグがあるんじゃないだろうかと思ったりする。

まーとにかく、流行というのは、笑いの世界を支配する。
だけど、脳内メーカーはそういうのとは違うでしょ。
ホント、いったいこれのどこがおもしろいんでしょうか?
まっっっっったくわからない。
私の感性がおかしいだけでしょうけれども。
こんなのがおもしろいと思える感性など、私にはまったく必要ございませんが。
『永遠に』パクリ
●キンキキッズの新曲「永遠に」って、これどっかで聞いたことある感じだよな〜というのが第一印象。ですぐにその元ネタに思い当たった。いちばん近いと思ったのが山根康広の「Get along together」ね。愛を贈りたいからぁ〜という二昔前の定番カラオケソング。

●「よくある要素」をコンピュータ配列で組み合わせて生まれるという「ハーレクインロマンス」シリーズのように、「過去のヒット曲の歌詞」をランダムに組み合わせて生まれたかのような、キンキキッズ10周年記念の新曲「永遠に」。

ではその「クリエイティビティのカケラもない」『永遠に』(キンキキッズ)の歌詞を冒頭からどうぞ。
♪いま憶えば何気ない言葉で傷つけた日は
 素直に謝ることさえ何故かできなかった
 こんな男ではあるけれど
 誰よりアイシテイル


それでは続いて「そもそもたいしたオリジナリティではないが」『Get along together』(山根康広)の歌詞の冒頭もご一緒にどうぞ
♪想えばただ傷つけ泣かせた夜もあったね
 こんな僕ではあるけれど
 誰より君を愛している


そんでまた曲調が似てるんだ。
つーか、どっちもどっちで、特徴のない、いーかーにもありふれたどっちゅーことない曲なんである。
ヌルくてショボくてありきたりな曲。

俺がいまごろ言い出してるくらいだし、山根の『Get along together』は相当売れた歌なんで、みんな既に気づいてるだろうけれども。某巨大掲示板あたりでまたなんだかんだ言われていることなのかもしれない。しかしはっきりいって、こんなどーでもいい曲、やっぱどーでもいいですよね。

ちなみに、この2曲の歌詞上での相似は他にもあります。無意識のパクリってゆーの? これがパクリかどうか議論の対象にもならないような陳腐きわまりない2つの歌詞ってのがまず問題。そこには「詩」としてのナンのサプライズも知性も感じられない。あまり本を読まない人が書いた文章のような、女子中学生的なセンチメンタリズムと、言葉にナンのこだわりもひっかかりもない没個性な、凡庸さがあるだけであります。

『永遠に』(キンキキッズ)より
♪季節外れの海でふたり 傘もささず雨のなか
 歩いたときに感じたんだ この愛守りたい・・・と


『Get along together』(山根康広)より
♪冷たい雨の中 傘もささずに
 二人海まで歩いたあの頃
 これからもずっとそばにいて 愛を贈りたいから


くどいようだが、私は大発見をしているわけではない。
ただ単純に、これはスルーするにはおもしろすぎるネタだと思うのであります。論争にもならんだろうけど。こないだのモーニング娘。のなっちの盗作とはちょっと意味が違っておかしい。

この作詞を担当した人の、陳腐な言語センスと、こんな低レベルなものを10周年記念の新曲に採用したジャニーズ事務所のテキトーさが目立ちます。そしておそらくこれがまたまた大売れして、オリコンランキングの記録を更新してしまうであろう、日本の音楽市場(とそれを望むわれわれ視聴者層)が脱力であります。

テーマ:歌詞 - ジャンル:音楽

でもそんなの関係ねぇ
連休最終日は朝から子どもが熱を出したため外出中止。
いつものように、区役所の休日診療。
子ども診療は、どこの病院でも、診察費・薬代が無料。
このサービスはなかなかいい税金の使い方。
まー国民健康保険に、うちは月5万以上払っているし、所得税除く地方税だって数十万円払っているわけだから、このくらい当然と言えば当然か。

熱があるくせに、結構元気。
区役所までの往復ドライブ。

それにしても社会保険庁のヌルい(そしていかにも鈍くさそうで頭の悪そうな)対応はカンに障る。
こないだ黒澤明の「生きる」のリメイクで、市役所を辞めた深キョンが「1時間でできる仕事を1日かけてやらなきゃならない」というとんでもない台詞があったけれども、あれがどーーーしても本当のこととしか思えないんである、いまだに。

しかし、休みのメリハリを入れないと、仕事はダラダラとして結局進みが悪いものだ。この連休は予定作業の2/3程度しか進まなかった。
来週の3連休は、このままいくとうまく休めるのではないかと思う。
来週は妻の実家の近くでわりと大きなお祭りがあるので、それに参加しようかと思う。
今もそこら中で秋祭りだらけだ。
検索と調査の違い
今日は久々にネット漬けでオープンデータを検索ばっかの一日。
金融のとある業界の大手企業各社の、決算書情報を延々引っ張ってきては、加工し、分析。
インターネット世界では、薄っぺら〜な部分は、確かになんちゃってコンサルタント(風)な人(といいつつ、ただの営業代理店の人)が、ネットでオープンにしてたりはするのだが、しょせんは、ネットで出ているようなレベルの情報はたいした役には立たない。つーかもう、ネット流出している時点で、既に情報としての価値は相当に低い。

イマドキ、大手企業は決算書をネットで引っ張ってくることができるだけでも超御の字であるが(ちょっと前まではあり得ないことであった)、情報はやはり整理されフォーカスされないと意味を浮かび上がらせない。

ネットにはあらゆる情報が溢れているが、本当に欲しい情報はやはり全然足りていない。それは検索キーワードをどう設定するかという問題ではない。情報に意味を持たせるためには、多少の手間とインテリジェンスがどうしても必要だということだ。
例えば決算書はネットにアップされている。その情報は確かにダレでもアクセスすることはできる。しかし、その決算書をきちんと読み取ることができる知性は限られているし、またその数値について、他との比較や分析などの手間をかける意欲のある人も限られている。
情報がいくら転がっていようと、それをダレもが使いこなせるとは限らない。
いろいろ思うこと
●たまに自分が「サトラレ」なんじゃないかと思うことがある。

●アソウさんが総理大臣になればいいと思う。「漫画なんか読んでいるとバカになりますよっ」という台詞がキッチリウソになるのが気持ちいいから。漫画を読む大人が国家元首になるというのは、日本の現在の象徴でもあり、将来の日本の生きる道を示唆しているとも思う。日本のコミックコンテンツは、ハリウッドの映画コンテンツを遙かに上回る才能が集まっているということをちゃんと示してくれと思います。

●アベちゃんは多分、鬱病だったんじゃないだろうか。何やってもマスコミにたたかれて、ウンザリしちゃったんじゃないか。「政治と金」「政治と金」「領収証」「領収証」うるさいっっっっっつの。そんな領収証が大事か? 政治家が裏金使ったらいかんっつーの? 使うよ、バーカ。使うに決まってんだろーが。フトコロに入れるよ、入れるのがそーんなにイカンのかと。いけないんだろうけど、あのね、金くらいもうけさせてやりゃーいいじゃん。そんなに他人が儲けるのが嫌いかね。そんなに他人は許せないかね。そして政治家がそんなに信用はできんかね。だったら自分で政治家やりゃーいいだろうに。あーもーうるせぇーっての。普通は思うと思う。特にお坊ちゃんはそう思うに違いない。年金不祥事も大臣が自殺したのも、彼のせいではないに違いないけど、それでもみんなに叩かれる。こんなに公務に忙殺されて、みんなのためによかれと思ってやってることはダレにも評価されず、なんでもかんでも俺のせいにされる。そうして、普通の神経の人なら鬱くらいなるよね。胃腸がおかしくならないほうが不思議。

●「シリウスの道」、不満なトコロはないとは言えないけれども、とにかく、広告代理店という世界の仕事風景がここまでリアルに浮かび上がる小説もまーめったにないことでしょう。
代理店だと、クリエイティブがエライとか、世間の人は誤解しているかもしれないが、はっきりいって、電通では、営業こそが最高権力者であります。そして営業はクリエイティブじゃないかって、そんなことはまったくない。通常の人の100倍はクリエイティブ。代理店内のクリエイティブ(とかマーケ等の専門内勤)は、言ってみれば「営業的適正にやや欠ける」人がなるという傾向すらある。
代理店の営業ってのはホントエライですよ。
そして、この小説で、何度も何度も繰り返されているテーマは
「職業に貴賎はないが、ナンの仕事にも、プロと素人がいる」
ということであります。これは結構深いです。

肩書きだけで憧れたり落ち込んだりする若い世代にすごく伝えたいことだ。言いたいことはこの小説にあますところなく描かれています。
どんな仕事でも「地べたをはいつくばる」姿勢を忘れないことがプロだ。魅力的な脇役、戸塚君はホントによくわかっている。
校正
金曜日朝、医薬系レポートを一本仕上げてから、別件の赤字待ち。
すぐには来ないと踏んで、温泉でちょっと休憩。
帰宅後、別生活用品の仕事を始める。
夜中、赤字の件で電話がある。

修正を口頭で伝えたがる人もいるし、わざわざファイルに赤字を入れて寄越す人もいるが、赤字については、原稿に校正指示を入れて、FAXで戻すというのが一番妥当だと思う。お互いの手元には赤字修正指示書が残るし。手間も最小限だし。口頭って意外と説明が面倒なものだし、何よりも、後で「言った言わない」の話になりかねない。校正ってのはFAXが一番だと前から思うんだけど、どーしてそういうことやんないかなと。こないだ数値チェックをお願いした調査会社の人たちもそうだ。手元に赤字を残してないと、後で、「修正がきちんとされたかどうか」の確認ができないじゃん。

印刷前に重要なのは、「ファイル管理」というか「情報更新履歴の明確化」みたいなところがある。
特に私たちの仕事は、Word、Excel、Power Point等の組み合わせで文書を作るので、各ファイルを並列的に扱いながらの、時間的情報管理が重要。

それにしても連休がまたあまりのびのび遊べない。毎日ちょっとは外出したいが、帰宅して宿題をチビチビと進めないといけない。
ハラハラしたくない
自慢だけれども、私は仕事が早い。自称「業界一」あるいは「日本一」なんであるが、多分そんなに誇張にはなってないと思う。
調査業界の仕事早い自慢の人が集まって「テレビチャンピオン」みたいなことをやったことがないから、はっきりとは言えないが、まあまあ自信がある。少なくとも私より速くレポートを仕上げる人は見たことがないし、聞いたこともない。お客さんからも仕事速いところが見込まれているはずだ。〆切はまず遅れないのは当然で、仕事速いってことはだいたい伝わっているはずだが、そういうお客さんたちの間ですら、たまに、驚嘆されることがある。

なんで、仕事が早いかというと、せっかちな性格ももちろんあるけれども、私は「ハラハラ」するのが嫌なんである。基本はすごい心配性なんで、提出〆切間際にどっしり構えてとても安定的な仕事ができない。ものすげービビってしまって、注意散漫になり、普段はやらないようなヘタをうつこともある。

われわれの世界はもー超大昔っから、このギリギリの攻防が毎回毎回年がら年中ずーーーーと繰り広げられている。だってみんな凝り性だし、分析とかキリがなかったりする世界であるし。そのくせ短納期は絶対条件で(そりゃお客さんは速く結果を知りたいに決まっている)、途中代理店かなんかからんできたりしたら、もー船頭多くして船は大洋に出て帰ってこないような大航海になってしまうことが必須なんである。
だから〆切間際はもーだれもかれもが、メッチャクチャな状況に陥る。

そんな会社員生活を私もずーーーっと送ってきて、あれがもーどうにもこうにもウンザリしていたんである。あのハラハラが耐えられない。ものすごいストレスであった。脱稿後の開放感とビールの味もそりゃ代え難いけれども、もーちょっとやりようはあるだろうにと、いつもいつも、ほんっとに毎回毎回綱渡りの提出劇を送っていた。

そういう納期前のヒリヒリハラハラをどーしても私は脱出したかった。
そういうわけで、自然と手は早く動くようになった。少しでも前倒しで動くだけでいい。突発的なことは、絶対に絶対に起こるから、3割増しの前倒しでいても、結構不安だ。5割り増し前倒しでやっと安心みたいな状況である。

フリーになったら、特に外的環境の影響を強く受けるようになる。基本、こちらは外部(例えば入力スタッフとか集計スタッフとか、回収スタッフや調査対象者にはもちろん)に何かモノを言う立場ではない。来た素材を来たタイミングでなんとか帳尻を合わせていくしかない。
そのかわり、自分の作業分野については、ダレにも何も言わせずに、とにかく集中してぶっ飛ばすことができる。私はたいていアンカーの役割だ。昔から瞬発力だけは自信があるし(その分正直長期戦は苦手だ)。


そういうわけで、ハラハラしたくないがために、仕事を速く進めるタイプなんだけれども、今回だけはハラハラしている。明日の納期大丈夫だろうか。かなりびびっている。
この件は、丸投げに近い形の上大ボリュームだし、途中に代理店やらプランナーやら各方面がまじっているし、そのうえ、エンドクライアントの意向も相当細かくある。久しぶりに納期前のハラハラである。ちょっと心配で、昨日くらいから気分がイマイチ優れない。明日の最終提出日直前に、もんのすっごい赤字が返ってきそうな気がするんである。

テーマ:仕事日記 - ジャンル:就職・お仕事

NHK教育のように
私は『NHK教育』のような男になりたい。
昭和天皇が御崩御された際、
NHK総合はもとより、民放各社とも、一斉に御崩御特別番組編成となった。
しかし、その中にあって、いつもと変わらず、「おかあさんと一緒」なり「人形劇」なり「五年理科」なり「手話教室」なりを放送し続けた、あの偉大なる『NHK教育』のような男になりたい。

もちろん天皇制批判をしているわけではない。
私は知る人ぞ知る天皇制大賛成者であります。(マジで)
特に昭和天皇については、マッカーサーと対峙した時のセリフを聞いて以来真剣に尊敬している。

天皇家も好きだし、天皇制も好きだが、しかし、放送各局がバカみたいに一列に同じことをやるような、そういう付和雷同が好きではない。
かといって、あえてその「付和雷同」に異を唱えるように、反〜みたいな行動は、反抗期の中学生みたいで、もっと嫌だ。

『NHK教育』のように、他の局や他の人はどーかしらんが、私はとりあえず、自分のやるべきことを、いつものようにやるだけだと、そういう態度で生きていきたい。
普段は、天皇制なんてとか、批判的な言説を持ち出しては頭イーぶってるクセに、いざお亡くなりになった途端に、突然神妙な顔をして、天皇家の歴史のビデオを流してみせたりするような、そういう日和見な態度が何しろ嫌いなんである。
だったら、そんな目立つような「悲しげなフリ」で人の注目を集めようとするようなことは一切せずに、いつもと同じ仕事をしながら、心で悲しんでいる方がいい。

やりたいことをやるのではなく、やるべきことをやることが紳士だ。
人からほめてもらうためにやるのではなく、自分のやるべきことを目立たず地味にやっていきたい。
おためごかしでもなく、まわりの人の真似でもない、『NHK教育』のような男になりたい。
「シリウスの道」(藤原伊織)
久しぶりの読書日記。
本を読んでないわけではなくて、いずれもダラダラと読みながら途中ダレたりして、他の本みたいな、そういう状態が続いていた。はっきりいって「あたり」を引いてない。
例えば話題の「楽園」(宮部みゆき)ですが、上巻は読んだけれども、下巻がねー。とりあえずかったるいんですが、こっからおもしろくなるんでしょうか?
他に「スプートニクの恋人」を久しぶりに再読しはじめたりして、いったいなんでこれがイマイチつまんないと思ったのかを改めて思ったりして。好きなシーンだけ読んだらもうそれで充分だと思ったりして。
その他、「バーストゾーン」がすごく気に入ったのになかなか他が読めなかった(だって売ってなかったから)吉村萬壱の「ハリガネムシ」と「クチュクチュバーン」も文庫で枕元に用意。
ついでのように買った、「シリウスの道」を昨夜から読み始めたんだけど、これが、まーいきなり冒頭からすばらしい。おもしろいっ。

シリウスの道 シリウスの道
藤原 伊織 (2005/06/10)
文藝春秋

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まだまだミステリーとしては超トバ口ってゆーか、はじまってもないんだけれども、イントロから延々続く広告代理店の仕事風景が、メッチャめちゃリアルに細密で、圧倒的に張り裂けんばかりの描写力で続く。さすがは(当時)電通社員作家。いや、もしかして、電通辞めた直後の発表なのか?

「テロリストのパラソル」はミステリーが大嫌いな私が、ミステリーを読むようになったきっかけの作品。いまだに一番好きなミステリーの1つ。「ひまわりの祝祭」でなーんだと思って、そのままほったらかしてて、今回超久しぶりの藤原作品ですが、やっぱおもしろーーーい。

私も何人かとおつきあいがありますが、あの世界最大の広告代理店の社員の方々のハードワーク振りはそりゃもーメッチャクチャ。そのすさまじい仕事生活をバッチリ小説に再現してますが、こんな仕事をされながら、「テロリストのパラソル」のような奇蹟の名作を生み出すなんて、そんなん、人間の行為ではありません。
常識で考えて、健康を害するのは、当然の帰結なのかもしれませんでした。仕事人としてあまりにも有能であるために、ハードな仕事が常に要求される。売れっ子の悲哀であります。

仕事が忙しいと「なんでそんなに仕事するの」みたいなことを言う人がたまにいますけれども、あほかと。目の前にやらなきゃならないことがあるからにきまっとるわ、ぼけぇ。
この件ではあまりにも多くの理屈が目の前にあるため、細かい説明ができないのですが、とりあえず、「なんでそんなに仕事するの?」的な発言をする主婦やら学生やらを見ると、単純にイライラする。おまえらがのんきに快適な生活を送るために、大人の男がみんなで手分けしてガッチリフォローをしとるんじゃぁあああ。それは誰かがやらなきゃならないことだし、手分けできることならしたいけれども、ちゃんと仕事のできる人は常に自分のことがいっぱいいっぱいまでに詰めているし、仕事をやる気のない女子どもにはとてもじゃないけど安心して任せられないからなんじゃあああああ。

働くことが生きることだ。生きていることを一番美しく輝かせるのは仕事だ。
実際の生き様においても、小説においても、藤原伊織氏はそういうメッセージを送っているような気がする。
それにしても、人生を絞り出したような濃い小説。おもしろいです。
死せる孔明、生ける仲達を走らす。
偉大な人物は死してなお世界に大きな影響を与え続ける。
これが男子の本懐であります。

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スタート
なんとなーくウダウダとして、書く気にならない時の対処法。
仕事というのはとにかく書き出しが難しい。
仕事に限らずあらゆることは、スタートに9割の力が必要。
スタート時だけわりと力がいる。
が、始めてしまえば、意外と加速度がついてスイスイと進む。
最初の10行を書くと、中盤の10行を書くのは、こちらにかかる負荷がまったく違う。最初の10行の書き出しの力は、中盤の1000行の力と同じくらいだったりする。何しろ仕事はスタートしているので、ある程度の波に乗ってしまえば、あとはもー坂道を転げるようにぐいぐいと進んでしまうものである。
エンジンを始動して、最初の10メートルはアクセルを踏み込む必要もあるが、あとはもーほとんどアクセルに足を置いておくだけで、クリープだけでも結構進む。
最初の抵抗感を乗り越えることが仕事の一番の山場だとすら言える。
100ページのレポートにかかった「力」を100だとすると、そのうち80は最初の5ページのとりかかりにかかっている。あとはもー惰性と流れ。波をつかみさえすればあとはもーこっちのもの。
最初の波に乗ることだけが難しい。

だから、「仕事が進まない」一番の原因とは「仕事がはじめられない」ということなんである。はじめちゃえば後はもーできる。あとは時間との勝負だけの話。進まない場合は、まずほとんどの場合、最初の出だしでつっかえているんである。

そういう時の対処法。
「後で直す」と自分に言い聞かせながら、「とにかく、穴を埋めていく」ことである。
推敲すればいいだけの話であるから、まずはアウトラインを完成させる。どーんな粗っぽくてもいいから、最初から最後までの骨組みを作る。ボロボロでいいので、全体のボリュームを把握する。

仕事を始める最初の抵抗感とは「いいものを作ろう」とする抵抗との戦いなんである。そんなこと考えて、仕事を始められないのでは、いいものどころか何も生まれない。だいたい「身の丈」以上のものを求めても絶対に出すことはできない。普段たいした努力もしてないくせに、背伸びしたものを作ろうとしているから、始めるのが億劫になる。書き物はたいてい自分の力の6割くらいしか出せないものだ。その6割のものがヘボだったらあとでみんなで直せばいいだけである。まずは下書きのつもりで、書き出すことだと思う。

そして、書き出すことで、足りないものが見えてくる。始めないとわかんないことってのはあまりにも多い。最初に考えてもわからないことが書き出すことでわかってくる。
壊れた倫理
日曜日の午後、遊び疲れて昼寝をしていると、2回も電話でたたき起こされる。
今は急ぎの仕事がないはずだけども、しかし、時折お客さんから土日でも深夜でも電話が鳴ることがある。

しかし、この2回ともが、営業電話。
一本は不動産投資。
一本はインターネット回線。

せっかく人がいい気分で寝ていたのが台無し。
ナンの権利もないくせに、傍若無人に電話を寄越し、自分の商売のことしか考えない下品な人間どもは、20年前に一人暮らしを始めた頃からず〜っといる。
直接訪問してきやがる新聞勧誘員も同様だ。

あいつら全員死刑になればいいと思う。
罪名は「ウンコのようにくだらない営業電話罪」「鼻クソより価値のない仕事している罪」「平穏な日曜日をクズのような電話で台無しにしたゴキブリ人類罪」。情状酌量の余地はなく、実刑で死刑。控訴・上告も禁じ、半年以内に死刑実行。

世の中には一抹の同情もあり得ない本当に死刑にするしかないような最悪の人類が一部存在するが、この営業電話や新聞勧誘員どもは、その予備軍だと言って差し支えない。毎日毎日百通くらい、クソのようなスパムメールを寄越す気の狂った業者も同様と言える。

そこにあるのは
●相手について一切考えられない驚異的な想像力の欠如
●自分利益のためなら人の犠牲を厭わない絶対的な自己本位主義
である。
つまり、「頭の悪さ」と「配慮の欠如」である。
知性と感情に重大で致命的な欠陥がある。
頭と心に回復不可能な歪みがあると言える。

バカは国のせいでもある。「ゆとり教育」という名の「教員の怠惰」を許し、経済力による知的程度の二極化を招いたのは、明確な国策上のミスであった。
深刻な利己主義の蔓延も、復活不可能な低階層からの「社会に対する逆ギレ」だと言える。
セミオフ
そういうわけで金曜日の記録。そもそも前の日記は、書くことがないから、普通に「あったことを書こう」と思って書き始めたものだった。そういう何もなくてもいいから「なんの考えずにテキトーに」書きだそうとすることがやっぱりいちばん大事かもしれない。

昨夜は台風でしたので、ゴーゴーうるさくてなかなか寝付けませんでした。私の仕事部屋兼寝室は2面が窓なんで風通しがいいのですが、こういう時うるさいです。

で、ミョーに朝から子どもが起こしに来るし。台風効果か?
雨なんで、車で保育園へ送りに行く。
新しい駐車場にしたら、車の出し入れがスムーズで(今まで3段の立体駐車場の一番下にあったんで、出し入れがすんげー面倒だったのだ)車出すのがぜんぜん億劫じゃない。
裏道を通って行くが、帰り、吉祥寺通りがいつにも増しての大渋滞。雨で電車が動かなくなることを見越して、みんながいっせいに車で移動はじめたのだ。

帰宅後、この2週間やってきたレポートの詳細編第一稿をやっと脱稿。終わってみると結局100ページ弱。
この件は、珍しく大量部数の印刷を行い、記者発表後は希望者には配布するというタイプのオープン調査。
だから、通常より校正に念を入れる。
代理店でも校正は入るが、私サイドでも、一緒にやっている調査会社に、2日かけて校正をお願いすることにしている。昨日半分は送っているから、今日は残り半分をその会社に送信。チェックよろしくお願いします。

それが11時前。
それからすぐ要約編作成にかかってもいいのだが、とりあえず自分スケジュールでは余裕があってもいいはずなんで、軽くオフ。台風一過で天気は上々だし。
こういう少しの空き時間はいつものように、豊島園の温泉「庭の湯」。
台風効果で案の定空いてるし。

ゆったりはいって、昼飯をどこにしよっかなーと思いながらブラブラ車を出し、中野へ。「青葉」でラーメン。激コミ青葉も平日で時間を外せばほとんど並ばずに済む。さすがにウマイ。ただ、私は、やっぱり、「春木屋」が魚ダシ関係醤油ラーメンとしては最高峰だと思う。

中野をブラブラしようとするが、そういう時は、当然ブロードウェイ2F〜の「まんだらけ」ゾーンである。
吉祥寺に引っ越してから来てないからもう4〜5年ブリか。
また、新たに進化してるし。つーか変化してるね。こんなにフィギア系が充実してたっけ? その分、漫画本が減っているような気がします。
あと、ますますの「同人誌」ゾーンの充実ね。ああいうの買ってる女性たちというのは、こことか池袋とか(多分秋葉原も?)くらいしか見られない。男のオタクはどこいってもすぐ目につくし、すんげーたくさんいるからレア感さっぱりですが。

結局は何も買わず。
でも、ここはウィンドウショッピングだけで充分楽しい。
私はオタク体質だけれども、コレクション系の趣味だけは、昔っからさっぱりない。

帰宅すると、校正はFAXで送りきれないかもという話なんで、近所に住む調査会社の人が近くまで持参してくれることになる。
いただいて、夜中直し開始。土日あれば充分だ。
リラックス世間話
ブログがいいのは、そもそも日記なんで、「おもしろネタ」も「斬新な考察」も「日常の発見」も基本的には要らないということだ。
書くことがない時には、その日あったことをただ書けばいい。
なんも力む必要はなくて、ただダラダラと、どーせたいした人数が見てるもんでもないわけなんで、鼻くそほじりながら、お菓子食べながら、気楽な気分で書けばいい。

という、リラックスすることがブログを続けるコツだと、昔から思っている。
そんなリラックスからこそ、楽しい話は思いつくものだ。
以前人から、「あなたのブログは世間話ですよね」と言われたことがあるが、まーさーにその通り。
私は友達がおらず(←マジで)、会社にも行ってないから、人と話すことが家族以外とはまったくといってイイほどない。お客さんとはもちろんビジネス要件で話はするし、中には結構仲が良くて仕事以外の話にも弾むこともあることもあるけど、だいたいが一人で黙々とパソコンに向かって、自分の好き嫌いや感情とは関係のない、商品として売り物となるレポートや企画書を書いている。

黙々と一人でいるのが大好きなんでこの仕事スタイルを昔からとっているわけだが、かといって、誰かに何かをただダラダラと話したい気分にならないわけではない。会社で言うと、喫煙所に集まっている人同士で「世間話」をしたりするけど、まーちょうどそういうものが、あってもいいかなーと思ってて、それが私にとってのブログを書くという作業である。

リラックスした場所では人はみなアイデアマンだ。
私、昔出版社に勤めていた頃、編集者としてはイマイチパッとしないが、喫煙所(と飲み屋)でのネタトークだけは、抜群の切れ味で、すんげー斬新なアイデアをポンポンと出しては、みんなの賞賛を得るというタイプの人がいた。が、その人は自席に戻ると、しかめつらしい顔になり、先輩や上司に気を遣い、鬱屈して縮こまったありきたりな企画しか出せないようになるのだ。
ことほどさように、人は「新しく」「おもしろい」ことを考えるためには、何よりも適度にリラックスすることが重要である。正座して本を読んでは出るものもでない。
悪いクセ
昔っからの悪いクセ。

8月の激しい山場を超えた。
あの時の自分の中の仕事エンジンは、拓海の乗るハチロク並の高回転ゾーンをほとんど一ヶ月ぶっとおしで使っていたと言える。

今やってるのは、2年に1度の大物レギュラー仕事。
なんと超久しぶりに、これ一本をやればいいだけ。

しかし、ホント、私は、こうなってくると、途端に手が遅くなる。
ノロノロノロノロ、イマドキの軽自動車にも劣るとも勝らない、イツキの乗るハチゴーより圧倒的にノロマな仕事ペースになる。
チンタラチンタラ進まないこと山のごとし。

やっほー机が来た〜と休憩し。
机の整理だ〜と休憩し。
キーボードが合わないジャンと休憩し。
やっぱワイヤレスってなんか違うかも〜と休憩し。
そうだ、そのことブログに書かなくっちゃと休憩し。
予定作業の1/3も進まない。

立て込んでる時の仕事は早い。
「速い」と書いた方がいいくらいスピード感がある。
ターボが効いている時は、結構1日で1本の報告書をマジで書けたりする。それは極端だが、2〜3日で1本なら超余裕だ。お盆の前後は確かにそんなだった。だってそのくらいのペースでやんなきゃとても仕事をさばききれないんである。

ところがもー何、今の仕事、まるまる2週間くらい立ってるような気がするけど、まーだ完成してない。どゆこと?
夏の疲れが残ってるんだよね。そんな感じで多分年末のピークまでまたダラダラとすることでしょう。