吉祥寺で暮らして働くマーケッターの、本と映画と仕事の日記
リス園に行った
土曜日、生まれて初めて町田リス園に行った。
スゴイ数のリスたちが放し飼いされている。
そこで、ひまわりの種をあげて楽しむという趣向であるが、正直、その餌をめがけて、リスたちに取り囲まれて、ものすごく怖い。
ヒッチコックの「鳥」という映画があるが、もしも彼がここに来ていたとしたら「リス」という映画を撮ったであろう。
そのくらい怖い。

というのは、半分は大げさに書いてます。
ただし半分は事実。
プロレスに行った
金曜日夜、生まれて初めてプロレスを生で見た。
生まれて初めて両国国技館に行った。
スゴイ迫力であった。
ステーションワゴン
次期型のアコードワゴンはなくなるらしい。
マーク2のワゴン(ブリッド)もなくなるという。
クラウンエステート(ワゴン)も次期型では消滅するらしい。
てか、ステージアは車種そのものが存在しなくなる。
カルディナは今月いっぱいで生産中止で、次期型の生産計画はない。

つまり、ありとあらゆるステーションワゴンが消えていく。
セダンの荷室をでっかくしただけという、ステーションワゴンは、より居住性の高いミニバンに完全にお株を奪われて、市場そのものが極端に狭まってしまったことが最大要因ではある。

で、小型ステーションワゴン市場ってのは、商用車というニッチながらも確実なシェアがあるから、カローラのワゴンやらプロボックスやらウイングロードやら多少生き残っているけれども(←そもそもこのクラスは5ドアハッチバックとたいした差がない)、2リットル以上のクラスは、もうね、ほぼ完全に死に絶えたと言っても過言ではない。

たった1台の例外を除いて。
それは言うまでもなく、アレよ、アレ。
世界最高のステーションワゴン、レガシィ様であります。
まさにニッポンにはレガシィがある。
北欧にはボルボもあろーが、ドイツにはAudhiがあろーが、ニッポンにはレガシィがある。

だいたいですね、アコードワゴンにせよ、カルディナにせよ、ステージアでも、マーク2ブリッドでもですね、すべての国産ワゴンは、レガシィに勝つためだけに存在したと言える。
そして、そうしたチャチななんちゃってワゴンどもは、すべて、レガシィに完敗するという結果で死に絶える結果となった。
最初っから最後まで一度も勝てずに、全部負け。
レガシィが日本にステーションワゴンブームを作り、それに後追いの形で、トヨタを始め各社がゾクゾクとレガシィ追撃専用の偽物を作り続けたが、完全主義のオタクなSUBARUのこだわりの低重心ボクサー4WDシステムには絶対に勝てなかった。
最後に残るのは結局は本物だということである。

パクリ技術で世界一になったあのトヨタですら、レガシィは完全にはパクれなかった。Hondaのストリームを完璧にパクってウィッシュを大成功させ、ステップワゴンやセレナをじっくり研究してから出したノア/ボクシーが結局販売台数で一位となり、日産エルグランドの偽物であるトヨタアルファードは今や市場を独占しようとしている。そんな「後出しジャンケン」が超得意なトヨタでも、レガシィだけには勝てなかった。

しかしトヨタはどこまでもズル賢く、そしてお金だけは世界一あるもんだから、レガシィの偽物を作ってもどうせ勝てないんだったらと、SUBARU本体を買い占めてしまった。多分、トヨタでもレガシィをそのうち売るようになるんではないか。
国産のデザインの中でも屈指のデザインだったストーリア(ダイハツ)を、トヨタがOEMのデュエットで悶絶しそうにデザインを改悪してしまったことが過去にあるが(あれは子会社のデザインがあまりにも良かったからむかついてつぶそうとしたんじゃないかとすら私は思う)、そういうことだけはやめてほしいと思います。
気分次第で責めないで
自由業者のメリットはたくさんあるが、「働く時間の自由」もその1つ。

携帯とPCさえあれば(仕事内容によっては紙と鉛筆だけでも可能)、「働く場所」をOfficeに限らず、旅行先のリゾート地で、海水浴場のソバで、別荘地で、その他公園や図書館等自由に設定することができるように、働く時間も好きなように設定することができる。

昨日はなんだか妙に眠くて確か夜9時過ぎには寝てしまった。
で、起きたのが4時。
最近の4時なんて、もう夏休みの4時。
つまり、かなり夜も明けてて涼しくて気持ちいい、ラジオ体操が始まる前の、まさに新しい朝が来た、希望の朝だであります。

朝というのは、他のどんな時間帯よりも仕事が進む。
しかも、ぐっすり寝た後で頭がいちばんシャッキリしている。
集中力が違う。
今朝の7時前だが、早朝の3時間で、今日やろうとしていた仕事の大半が完成してしまった。
まさに、「朝飯前」であった。

そして午後は昼寝をして、町を散歩する。
これが正しい自由業者の一日であります。
冬は朝とか寒くてヤだけども。

テーマ:仕事日記 - ジャンル:就職・お仕事

今年は事件の当たり年
大事件や大事故の多い年だと思う。
例年に比べてニュース番組全般の視聴率が高いのではないだろうか?
特に夕方のニュース、実況生中継がやたらと目立つ。

●町田で立てこもり事件
●愛知で立てこもり事件


こんな、拳銃を持って立てこもるような事件が、2件も相次いで起こるような年が他にあっただろうか?

かと思えば

●新宿高田馬場オリンピックで大火災
●渋谷松濤シエスパで大爆発


これも、夕方のニュースはほぼリアルタイムで実況中継であった。
シエスパの大爆発後の骨組みだけの映像は、とても信じられないような光景であったし、馬場のオリンピックも、私はすげー場所知ってるトコロなんで、かなりハラハラしてニュース映像に釘付けであった。

そんな事件で注目度が下がってはいるが、

●現職農林水産大臣の自殺
●ZARDの死亡(自殺?)


が同じ日に慶応病院に運ばれたこともかなり大々的な事件であった。
どれもこれも、他の年なら、10大ニュースのNO1になってもおかしくないようなスゲーインパクトのものである。
こういうことが立て続けに起こってしまったら

●大坂遊園地でジェットコースター事故
●大坂ペッパーランチで店長が客に暴行


とか、そういうスゴイ事件も、あっさりしたコモノになってしまい、誰もがその存在を忘れてしまう。10大事件のランクから外されてしまう。他の年なら大注目のことなのに。

多分

●ミートホープの食肉偽装

クラスの事件なんつーのは、瞬間風速で消えとんでしまうに違いない。

いったい、今年のナンバーワン事件ってのは、何になるのだろうか?
まだ半分しか終わっていないのに。
「立てこもり」は2連発ってんで、結構上位に食い込む可能性が高い。
特に昨今話題の「格差社会」で、「下流層」が「社会を引き裂く」事例の典型例としてあげられそうだ。
ペッパーランチは、経済犯が後ろに隠れているって話もあるから(株操作目的で犯罪を教唆した可能性がまことしやかに指摘されており、それに応じた一部マスコミは報道規制を敷いているとかしいてないとか)もう二三転する可能性もある。

ハッピーニュースの典型は

●お笑い芸人が美人芸能人と結婚

のブームだが、こんなもんは、さんまの昔からというか、それよりずっとずっと大昔から、お笑いのプロが世界で一番モテるというのは、もうはっきりしたことである。
正直言って、プロ野球選手がモテるというのは、よくわかんないんだけど(やっぱ金持ってるから?)、お笑いがモテるってのは、大昔っから、どこの社会でも共通する完全法則である。

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雨のマザー牧場
日曜日はマザー牧場へ。
当初の天気予報では土日とも晴れということで油断していたが、さすがは梅雨である。土曜はクッキリ晴れていたが、日曜日はドンヨリ。

朝8時頃出発。マザー牧場到着が10時過ぎ。
広大な牧草地、絶景の傾斜面。
ここに来ると誰もが「アルプスの少女ハイジ」を思い浮かべる。

半分ほど散歩して、から昼飯。
バーベキュー広場で、ジンギスカン。
このマトンも牛も豚も、多分みんな最近まで来園客たちを喜ばせていた人気者たちだったことであろう。今は来園客たちの舌を喜ばせている。
まーよく考えると、「わたしを離さないで」みたいなもの悲しさもあるが、それが食物連鎖だ。

食ってると雨が降ってくるので、急いで帰る。
夕方はまた昼寝。
もう一泊して月曜日の朝帰ることにする。

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一心太助
週末は、妻実家へ。
土曜日は朝9時頃出発、外房の茂原周辺に到着したのが11時30分頃。
ちなみに、茂原は小倉ゆうこりんの出身地。つまり、千葉県茂原こそがこりん星ということになる。

昼飯に前から食べたかった巨大回転寿司に寄る。
それが、回転寿司一心太助である。

●ネタの巨大さ
●超新鮮さ
●広々とした店内
●破格の値段

いずれをとっても最高。
私の人生でいまのところ一番の回転寿司屋と言えるかもしれない。
マジでびっくりした。
驚愕の寿司屋。

その後ダラダラと好天の下で昼寝など。
子供は喜び庭駆けめぐり
老母は孫見て丸くなる。

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STEP2
金曜日。
超掃除のSTEP2開始。
今回の超掃除は、多分、人生始まって以来の、最大掃除となる。
私はそもそも引っ越しが多く、大学入学で東京で1人暮らしを始めて以来、確か12回だか13回だか引っ越しをしている。
つーことは一箇所にそんな長くいないわけで、大掃除とか模様替えはその引っ越しのたびに行うだけであった。
が、今のマンションは購入したので、そうそう引っ越しはない。
だからこの部屋を綺麗に保ち、模様替えでリフレッシュもする必要がある。とか言って4年目で始めてってゆーのもなんだかなーではある。

それはともかく、今回の超掃除は本当の超掃除。人生最大の掃除である。
前回で学んだこと。掃除は仕事なんで、いつもの仕事のように、まず「すべきこと」を項目的に書き出し、それを効率よく行うために、作業手順の順番を事前に組み立てておくこと。そうすると作業構造が、「大きな流れ/小さな流れ」で樹形的に構成され、その時点でかなり完璧な見通しが生まれる。できれば、到達目標時間等も記載して、コミットメント(必達目標)とオプション的行為に分類しておくのが望ましい。

そうした上で、実は前回の超掃除終了後に、既に分類されていたことであるが、今回の掃除プロジェクトは、大きく言って
STEP1〜3
の3段階に分けられる。

具体的には
STEP1:本の整理と本棚の移動(前回完遂)
STEP2:机周り&パソコン周りの整備・移動(今日の目標)
STEP3:押し入れ不要物の選択と再整理(次回目標)
である。

とゆーわけで、今日は、STEP2、机周辺の超整理である。

STEP2の机周辺作業については
●パソコンケーブル関係の配線見直し
●机位置関係の見直し・移動
●上記レイアウト変更に伴う新設家具(例えば照明器具等)の購入設置
●机下やパソコン等のホコリ除去
が主な作業。

午前中には、机移動はほぼ実施し、パソコン配線の構成案は計画された。で、足りないものが、「新しい長さのLANケーブル」と「机用の新しい照明」であることがわかった。
で、昼飯後、吉祥寺LAOXへ向かう。

吉祥寺LAOXであるが、隣に巨大電気製品ビル、ヨドバシカメラができることで、もう、店内は完全に沈滞ムード。客はガラガラ、店員のモチベーションは急降下、店として完全に死に体である。ヨドバシ開店前からそんな諦めムードでいいのか? 俺のような、長いものに巻かれることが大嫌いな、あまのじゃくな客もいるんだ、もうちょっと元気だしていきまっしょう。とか言いつつ、600円のLANケーブルはLAOXで買うが、照明はあんまりにもダサイ品揃え(しかも確か品数が驚くほど少ない)のため、LOFTで購入した。・・・ヨドバシが開店したら今度はそっちで買お。

帰宅すると、予定時間より早めに到着の「BOOK OFF」買い取りチームがちょうど到着した。
彼らには隣の和室で古本の査定をしてもらい、私は自室で照明設置やケーブル配線の構成などを行う。

結局今回のブックオフ買い取り額は2万円と何十円か。予想してたよりは多かった。それを買うのに多分その十倍じゃきかない、何十万円かはしたはずだとは思うけれども、基本的に、本は捨てるしかないので、金を多少でももらえるだけでもマシ。

その後は仕事。飽きたら「ねじまき鳥」。
ちなみに本の整理をしてわかったのだが、「ねじまき鳥」は文庫の3巻がうちの部屋には2冊あった。どっちもこの部屋に引っ越してきたこの4年の間に買ったもの。しかも、1・2巻はない。第3部がおもしろいんだよねー。しかし、今回は久しぶりに通読したくて、また1・2巻を買ってしまった。ちなみに「世界の終わり」も文庫の下巻しか手元にはなく、「ノルウェイ」はハードカバーの下巻しかなかった(どっちもこの部屋で買い直したもの)。
最近の読書
仕事が結構ヒマになった。
今抱えているのは基本的に1本だけ。これはチンタラやっている。
朝、突然、D社のY氏から電話が来て、特急のページを2枚作成した。
夜、H社のN氏からメールが来て、先日の調査票はこんなかんじにしてほしいというので、チョビチョビっとそれに対応した。
基本の1本の他には、今日はせいぜいそんなもん。

そんなわけで最近ダラダラとまた本を読んでいる。

(1)穂村弘「本当はちがうんだ日記」

本当はちがうんだ日記 本当はちがうんだ日記
穂村 弘 (2005/06)
集英社

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最近ではこれが最大の収穫。
今年読んだ岸本佐知子と同レベルの超スーパーエッセイ。
どこがどれほどいいのかは、また別の機会に。
つーか、いったんそれで昨日書いたんだけど、操作ミスで消えちゃったのだ。

(2)ねじまき鳥クロニクル

何回目やねんというくらいに読み返しているが、何度読んでもすばらしいものは素晴らしい。
ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編
村上 春樹 (1997/09)
新潮社

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3大村上文学とは、言うまでもなく
●「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」
●「ノルウェイの森」
●「ねじまき鳥クロニクル」
の3作である。
これは本人もこの3つだけは別と言っている通りで、読んでる側から見ても、あきらかにこの3つだけは特別。てゆーか、ここだけの話、これ以外の長編って、どうよってのも割とあったりしたりなんかしたりして・・・。「海辺のなんとか」やら「アフターなんちぇろ」とか。短編はまた別。

その3作品のどれが好きかってのは、異論が別れるところであろう。
多分、小説の完成度で言うならば、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」がやっぱピカイチかも。
売れたというのと、登場人物の魅力で言うならば(←これは小説にとって最大のポイントである)「ノルウェイの森」だろうなーと思う。
だけど、私にとって、ベストはやはり「ねじまき鳥クロニクル」なんなんであった。

前2作をNO1とする人の根拠はすげーわかる。つーかはっきりしている。多分上記の理由が中心。ホントすばらしい。「世界の終わり」の信じられないほどの構成とイマジネーションには何度読んでも頭がグラグラするし、結局小説のおもしろさでいうならばなんだかんだいって「ノルウェイ」なんである。だけど、私は「ねじまき鳥」が好き。

それは多分、いちばん自分の人生とシンクロしたからだと思う。
あと、これが私のリアルタイム進行村上春樹(の第一作)だったからだろう。多分発売スグの初版で読んだ村上春樹はここからだ。その前の「ノルウェイ」やら「世界の終わり」はある程度評判が行き渡ってから読んだんで、発売から相当経ってから読んでいる。
けど、「ねじまき鳥」は1・2パンチも初版なら、それからずっと先に、続編登場の3巻も発売日直後に買ったんである。

で、また、そのタイミングが、ピッタリ自分の年齢や立場にドンピシャで当てはまったりして、感情移入が半端じゃなかったのである。
1〜2巻が出た時、私は神楽坂の賃貸マンションに住んでいて、飯田橋の駅ビルの本屋でまとめ買いしたのを覚えている。
3巻も同じ部屋で、ラスト、井戸の中の息詰まるクライマックスを読んだ瞬間のことは今でもはっきり思い出す。
多分、私の最高の読書体験の1つが、「ねじまき鳥」の3巻の井戸の底部分だと思う。

あの小説の主人公と当時の私は年齢も近いし、何よりも、3巻を読んだ時点でこっちもちょうど失業中だったというのが、まー一番のシンパシー点であろう。

3大村上小説に代表されるが、村上文学というのは、基本「失業男文学」なわけである。村上名作はたいていが「真面目な無職(非会社員)」が主人公。フリーランサーだかフリーターだかとにかく、会社勤めをしてないタイプ。
上記の3つはもとより(「ノルウェイ」は学生だから無職は当然)、「羊をめぐる冒険」もそうでしょ。
さしせまった仕事のない几帳面な山羊座男がやることといったら、そらーもう、家事して料理してスパゲティを茹でる。ヒゲを剃って、ビール飲んで、人からやっかいな捜し物を頼まれることなんである。

またこれ書き始めると長くなるので、続きはまた今度。
「斜陽」〜直治の日記から引用〜
人間は、みな、同じものだ。
これは、いったい、思想でしょうか。
僕はこの不思議な言葉を発明したひとは、宗教家でも哲学者でも芸術家でも無いように思います。民衆の酒場からわいて出た言葉です。蛆がわくように、いつもまにやら、誰が言い出したともなく、黙々湧いて出て、全世界を覆い、世界を気まずいものにしました。

この不思議な言葉は、民主主義とも、またマルキシズムとも、全然無関係のものなのです。それは、かならず、酒場に於いて醜男が美男子に向かって投げつけた言葉です。ただのイライラです。嫉妬です。思想でも何でもありゃしないんです。

(中略)
人間は、みな、同じものだ。
なんという卑屈な言葉であろう。人をいやしめると同時に、みずからをもいやしめ、何のプライドもなく、あらゆる努力を放棄せしめるような言葉。マルキシズムは、働く者の優位を主張する。おなじものだ、などとは言わぬ。民主主義は、個人の尊厳を主張する。同じものだ、などとは言わぬ。ただ、牛太郎だけがそれを言う。「へへ、いくら気取ったって、同じ人間じゃねえか。」

なぜ同じだと言うのか。優れている、と言えないのか。奴隷根性の復讐。
けれども、この言葉は、実に猥褻で、不気味で、ひとは互いにおびえ、あらゆる思想が姦せられ、努力は嘲笑され、幸福は否定され、美貌はけがされ、光栄は引きずり下ろされ、所謂「世紀の不安」は、この不思議な一語からはっしていると僕は思っているんです。


・・・・太宰治「斜陽」 新潮文庫152頁〜引用

斜陽 斜陽
太宰 治 (1950/11)
新潮社
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超掃除
月曜日にAの件、1本レポート提出。
火曜日朝にBの件、1本レポート提出。
さらに火曜日はCの件で調査票を作成して夜に提出。

今日からは新しいDの件のレポートを始める予定だが、これは〆切が結構先。
そういや、土日も結構仕事したし。

そうだ、今日は大掃除をしよう!!
と朝思いついた。

私はメッタに掃除をしない。
1年に1回というのは、言い過ぎだが、半年に1回するかしないかだと言うのは決して大げさではない。
実際、今回の掃除は、うーん、確か昨年の11月以来ではなかっただろうか。あんときゃ人がウチに来ることになったから慌てて大掃除したんだよね。

今日はやる。
超本気でやる。
今までアンタッチャブルだった、この膨大な本の山をどうにかする。
妻が風邪で寝ているので、子供を保育園に送った帰り、コンビニでたくさんダンボールの空き箱をもらってきた。
ブックオフに電話して、金曜日に買い取りに来て貰うことにした。

そっからが怒濤の本整理。
2時間以上かけて売る本をダンボールに整理。
結局(小さいダンボール)15箱位になった。
隣の和室に置いたらその四畳半の部屋の1/3程度を占めている。
ものすごい量の(不要な)本とともに、私は仕事をし、寝ていたことに気づく。

さらに、せっかくなんで、2つある本棚を移動。この家に引っ越してきてから初めての模様替えである。
子供が生まれて以来、私は仕事部屋で寝ていたのだが、このままだとエコノミー症候群になりそうなんであった。

ガッシンガッシン超大作業。
しかし、これがとても楽しい。
基本的に私は凝り性なんである。
途中2〜3分の休憩は何度か入れたが、昼休み(食事)も取らず、延々掃除に集中。

何しろやってもやってもキリがない。
しかも、その上、やればやっただけの成果が歴然と出てくる。
やればやるほど美しくなり、充実感がみなぎってくる。
いくつもの小ゴールを積み重ねながら、最終ゴールを目指す。
これは何かに似ている。
そんなもん、言うまでもない。
仕事そのものである。

3時過ぎにアラカタ終わる。
ゴミ出しはまたにするけど。(いったんベランダに置いている)
模様替えをすると、机のイチがちょっと気にくわないことに気づくが、それはまた次回の課題としよう。

それにしても、この充実感。
まさに、仕事が終わったときのあの完璧な気持ちよさとまったく同質のものだ。こっちの方が報酬がないだけ、より純粋な気持ちだとすら言える。
宮崎あおい14歳
現在21歳の宮崎あおいが、7年前からパッチギ!と付き合っていた件について。
21歳−7年=14歳である。

14歳で男と付き合うってどーゆーこと? と思うあなた、きっとあなたは大人のスケベ心でメガネが曇っている。

14歳から付き合っていると言っても、それは14歳からセックスしてますという意味では決してない。
20過ぎた大人が「付き合っている」というのは、それはもー「チューしかしてない」わけねーだろ、ボケということになるわけだけれども、14歳でセックスはない。

私が教えて差し上げましょう、14歳で「つきあっている」とはどういう意味か。
●学校の登下校を一緒にする。
●一緒に図書館に行く。
●部活の先輩たちの話をする。
●交換日記をする。
●交換日記に先生の似顔絵を描く。
●クリスマスプレゼントは雑貨屋で買った500円のマグカップ。
●アニメ映画(「ブレイブストーリー」等)を一緒に行く。
●冬は一緒にスケートに行く。
●夏は市民プールに一緒に行く。
●一緒にカップヌードルを食べる。
●海に行くのは、友達を含めて全部で6人で。
 (もちろん電車で、かつ日帰り)

そういうことが14歳の「つきあっている」ですよ。
もしかして
●チューしてる
はあるのかもしれない。あるのか? 書いててドキドキしてきた。
いやいや、意外とこの時代ですから
●おっぱいモミモミ
もしてるかもしれない。一昔前の言葉で言うと、ペッティングですな、ABCのBですよ。

しかしね、ギリギリでそこまでです。
あの朝の連ドラ等、爽やかさをウリにしている、チョイぶりっこのロリ系制服アイドルですよ、そんなね、アレよ・・・うーむ、どうなんだろう。

パッチギ!の彼氏は、あの映画でしか見たことないんですが、やっぱりキレやすく、すぐ手とか挙げるタイプなんだろうか。むかつくことがあると頭突きとかしちゃうんだろうか。
そんなパッチギ!であったとしてもですね、14歳でアレはない。アレってのはあなたの想像するソレであります。

宮崎あおいもですね、うーん、そうだなー、連ドラが終了して、やっとなんつーか大人の仲間入りしたなーって時くらいに、きっとずっと仲良くしてきたパッチギ!に「女の操」を捧げたに違いない。あなた〜の〜ため〜に〜守り〜とおした、女〜のぉみさあぉおおおお。
デスパレートな妻たち2
アメリカテレビドラマのトップクラスは、間違いなくその辺の映画の100倍はクオリティが高い。
デスパレートな妻たちも、確実にそのクラス。
あのウィステリア通りって、町をまるまるテレビ用に作ってるでしょ、多分。

シーズン2を最近DVDで通してみていて、さっき見終わったのだけれども、ため息が出るほどのすばらしさだ。

これ、陽気な長調のBGMを使い、細かな笑いを積み重ねてコメディ風に見せているけれども、事実だけを眺めてみると、とんでもなく悲惨で救いのないエピソードの連続である。登場人物たちはあんなに明るくおバカなキャラを演じているが、よく考えると実際には犯罪者だらけの集団だったりする。たった2年で、いったい何人かこの通りで死んだことであろうか。呪われた町、ウィステリア通り。俺なら絶対引っ越している。そう、これは明るいコメディを装ったツインピークスである。

「デスパレート」ってのは、「せっぱ詰まった、がけっぷちの、絶望的な」って意味らしいんだけども、これはホントにそうですね。
内面の葛藤の深刻さや絶望感は、明らかに視聴者の共感を呼ぶ。
しかも、それは99%の糖衣にくるまれているおかげで、非常に敷居の低い物語で観ることができる。

本人には出口のない地獄も、端から見るとそれは喜劇的だったりするものだが、それが非常にうまく表現されているのがこのドラマだ。
これは単なるコメディに留まらないってのがこのドラマのウリでしょうね。
桜桃忌&神代植物公園
今日も午前中だけちょっとお出かけ。
まずは、三鷹市の禅林寺へ。
ここには、森鴎外と太宰治の墓がある。
6月19日は、太宰治の命日。
知る人ぞ知る桜桃忌。
それにはちょっと早いのだけれども、太宰治のファンとして、今まで一度も訪れたこともなかったので、初めてお墓参り。

津島家の墓があり(太宰治の本名は津島修司)その隣にでっかい文字で「太宰治」と書かれた墓石がある。
ちなみにそのすぐ斜向かいが森鴎外の墓。森家の墓にはいくつも大きな墓石があるんだけれども、中央に「森林太郎」とある。それが確か鴎外の本名。
それにしても、「森」の名字で、名前が「林太郎」って、森だか林だかはっきりしろってゆーか、よっぽど木が好きなんだなーってゆーか。
すげー本名だ。
鴎外よりずっとコッチの方がインパクトもあるし、イイ名前だと思う。

太宰治のお墓の前で、黙祷し、何を言っていいのかわからなかったので、心の中で「芥川賞が取れますように」とかとりあえず思ったりして。よく考えてみると、もしも、それを拝むのならば、芥川龍之介の墓に行った方がいいんじゃないだろうか。太宰治は芥川賞取ってないし。例の有名な手紙「芥川賞くださいよぉおおお」が残っているほどだし。
てことは、太宰治に「芥川賞ください」というのは、ある意味正しいとも言えるのか。よくわかんないけれども。ちなみに、多分芥川賞は小説を書かないともらえない賞だし。小説を書いたことのない人が芥川賞をほしがるというのは、バブル時代に、小説を書いたこともないのに小説家を名乗っていた椎名桜子みたいなものだ。

その後、神代植物公園の薔薇祭りを観る。そんな名前じゃなかったかもしれないけれども、昨年の夏観て、あまりにも凄かったバラのコーナーがちょうどいま、大々的にフィーチャーしているので。
フィーチャーしている、という表現も昔からよくわかんないのに使っている言葉の1つだ。
フューチャーしている、なら、それは未来っぽい感じでなんとなくわかるんだけれども。
これはなんだ大人語か? DJ語か? チェキラーみたいなもんか?
多摩動物公園
起きると超いい天気。
土日は実は仕事てんこ盛りで、月曜日出す予定のものが2本残ってる。
1つは酒の仕事、コメントのみ。
もう一つは薬の仕事。
どっちも結構安い仕事。
これで土日をつぶすのもなーとか思ったりして。
先週の土日も月曜日出しが2本あって、ゆっくりできなかったし。

何しろこないだ読んだ「生きさせろ」のインパクトがでっかい。
ワーキングプアのキビシー現実。
時給1500円って、バイトとしては、かなり高時給だと思う。
多分都内でしか存在しないような、バイト。相当頑張らないともらえない時給だと思う。コンビニバイトなんかじゃ1000円切るくらいか?
その1500円時給を、1日8時間、土日休みで、1ヶ月働くと、それは月給24万円。一見いいようだけど、ボーナスなしだから年収288万円。これがバイト暮らしのマックスのお給料と考えられる。
バイト仕事は、例えば立ちっぱなしだったり、重労働だったり、単純作業だったり、あんまりクリエイティブでも、人間らしいものでも、好きでやる仕事でもないものが多い。これは時給のいい方なんで、あるいはあんまり人がやりたがらない作業(辛いとか深夜とか危険とか)をやってはじめてもらえる年収がその288万円。日給1万2千円。

それ考えるならば、私の仕事はまだマシだ。
全部一応座って出来るし、専門性もあれば、創造性だってある。
安いっつたって、お金はまだマシだ。
昼寝もできるし、休み時間も取り放題。
恵まれてるなーと心から感謝する。
土日働くくらいなんだと思わないでもない。
過労死する若手会社員の話もすごく頭に残ってるから、あんまり休み無しで働くことにも不安がある。

とりあえず天気があまりにも良かったので、とにかく外出することにした。
富士山の見え方が半端じゃなく鮮明。
このくらいクッキリした富士山ってのは、通常、冬場しかあり得ないのだが、どういうわけか、今日は空気が澄み澄みに透き通っている。
おまけに30度は超えそうな夏日。
出かけないわけにはいかない。
こんな日に仕事ばっかしててもそわそわして手に着かない。

とゆーわけで、午前中だけ多摩動物公園へ行った。
この広大な公園は、アップダウンが激しく、散歩するのにかなりいいところ。しかも14キロの子供を抱いて1時間歩くのは相当脂肪燃焼が期待できる。

昼飯はビッグボーイでハンバーグ。
帰宅後、ずーっとコメント書き。
「めちゃいけ」は観る。
11時頃仕事完成。
FC2ブログの良いトコロ
各種ブログサービス、どうやって儲かってるのかわからないけれども、今ホント、いろんな会社がやっている。
大枠の仕組みをガッチリ最初に作れば(それも多分人件費だけで済むから安い話だ)、基本は自動でサービスは提供できる、メンテナンス人件費も顧客数(利用者数)に比べると圧倒的に少なくできる、そういうビジネスモデルなら、わずかな広告を入れておくだけで、収益は上がるということであろうか?

それはともかく、このブログに引っ越すにあたって、各種ブログサービスの比較評価をいくつか読んだんだけれども、SNSであるmixiは別として、今いちばん評価が高く、伸びているのが、このFC2ブログであった。

FC2比較評価のコメントをおおまかにまとめると、

●設定のカスタマイズの幅が広い
(=面倒を厭わなければたいていのことはできる)

というフトコロの深いキャパシティというか、本格派好みの高い自由度みたいなものが受けているようであった。

各種ブログサービスごとに(例えばライブドアブログとか楽天広場とかアメブロとかjugemuとかいろいろ)、いろんな項目の「できる/できない」一覧表をみると、このFC2はたいていのことが「できる」。
つーか、実は多くのブログサービスは制約だらけで、コッチはできるが、アッチはできないみたいな、技術的偏りが結構ある。

利用者数的には、ライブドアブログがずっと1位だったみたいだけど、FC2利用者は大幅に増加傾向にあって、どうもここが利用者数で1位になるのは時間の問題と言われているらしい。

私がFC2を使い始めて一番嬉しいのは

●テンプレートデザインがセンスがよくて種類が豊富

ということだ。
昔いた某所に比べると、雲泥の差。
つーかその某所はやっぱそこが一番の弱点だと、その比較評価サイト等でもよく言われている。

デザインをいろいろ変えるのがとても楽しいので、最近の仕事気分転換はテンプレート変えにハマっている。つーか、自分でテンプレートデザインがうまく作れるといいなーと今考え中です。
敬意がない
ネット上はあらゆるヒトが評論家になれる。
あんまり過ぎると叩かれることもあるが、どーせそこらの個人ブログなんかせいぜい閲覧者はお互いなあなあの常連がほとんどでせいぜい実試聴人数は100〜200がいいところ。そんな仲間ウチでは、誰もが自由過ぎるくらい自由に、のびのび過ぎる位のびのびと、言いたい放題をカマしまくりである。
もちろん、私もその一人であるのは言うまでもない。

誰もがいっぱしの評論家気取りができることこそ、カラオケ的自己満足機能がメインであるブログの最大の快感には違いない。
違いないが、その「気取り」も程度をわきまえないと、不快感をただまき散らすことだけになる。
ちょうどカラオケも、(どーせ誰もが自分の歌を歌うだけが目的でヒトの歌なんか聴いちゃいないに決まってるんだけれども)ある程度は「聞いたフリ」とか、どんだけ自己陶酔しようが「いやいや、またバカなことやっちゃいました」みたいな、ある種の「照れ」というか、社会通念上最低限の謙虚さみたいなものが、ポーズとは言え出してないと、そらちょっと大人げない、不快な臭みがジワジワとはみ出すこととなる。

さんざんっぱら言いたい放題やり放題な、何様やねんという私がこんなこと言うのもなんだけれども、世間にあふれる、レビュー系ブログの、あまりの「作り手に対する敬意のなさ」には、最近ちょっと辟易している。
私がこのブログでリンクしているヒトたちの大半は、どなたも本や映画やテレビに漫画、いずれに対しても感受性とセンスは抜群で、いっつも私は彼らからおもしろそうなものをパクって来ていているんだけれども、その彼らの言葉遣いには、いつもたいてい「愛」があるし、本質的な「敬意」がある。本や映画という知的な楽しみを何十年もたしなんできた人特有の教養とユーモアのある鑑賞眼がある。もちろん意地悪な批判も中にはたっぷり含まれるけれども、その表現の巧みさと、褒め言葉とのブレンドがあるため、常にレビューの読後感は気持ちの良いものである。毒舌たっぷりであったとしても。

ところがこの「毒舌たっぷり」であった場合も、ある種爽やかな印象を残せるようなレビューを書ける人というのは、実は相当稀な存在だということにそのうち誰もが気づくはずだ。毒舌的批評を織り交ぜながらも読んでいて楽しい気持ちを残すような文章を書くというのは、きわめて大人っぽくて、知的訓練を受けた、相当教養の深い人でないとできない技術である。それをなすには、かなりのバランス感覚と、ボキャブラリーと抑制のあるセンスが要求される。

適度な自己客観化、適度な距離感、適度な相対化、これは子供には難しい。文章だけでそれを表現するのは、大人でも、かなり文章を書き慣れた(本を読み慣れた)人でないと難しい。

「毒舌」で「何かを斬ったつもり」で得々としているブログは世の中にゴマンとあふれている。
これは厨房とかによくある「いきがった背伸び」に近いと言える。
井の中の蛙系文章というか。

例えば何か映画を見る。
で、まず「けなす」。これはカッコイイ。評論家風だ。ちょっと知的に見える。まるで安藤優子みたいだ。マスコミ風だ。テレビのコメンテーターみたいだ。これで日本の悪口を添えれば、もっとテレビの中の文化人みたいだ。「だから日本はダメなんだ」とか言っちゃう。おまけに「与党」の悪口も言おう、政治の悪口も言えばますます朝日新聞を読んでいるような頭の良い私がPRできる。
そういうノリがそこら中のブログに蔓延している。
下手すりゃ、その映画自分では観てなくて、他人のレビューを観ただけで、映画をけなしはじめちゃったりして。あーもう、あの監督もダメね、こういうの撮ってるから日本映画はまだまだなのよね、まだそれ観てないけど、観なくてもわかるわよ、私クラスになると、なんつーコメントが結構ホントにあったりする。

会社の中の「使えない部下」「むかつく上司」の悪口をブログでまき散らしていると、まるで自分がスーパー会社員のような気分になれる。そういうのと同じ感覚ではないかと思う。

私はそういうことをなんとゆーか「他山の石」としてですね、人のふり見て我がふり直せとしてですね、なるべく、悪口系レビューとか、愚痴の話なんかを書くのは控えようと思います。(よっぽどだったらやっぱり書いちゃうと思うけれども。)

悪口をポンポン言い切ってスッキリ「上から見た態度」になっている人がなんで不快かっていうと、多分そこに「敬意」がないからなんだと思う。「お前何様やねん」とムカムカきてしまうのは、身の丈を超えた偉そうな立場で、制作者や他の鑑賞者に対する、基本的な、最低限の「敬意」が欠けているからだと私は思う。

多分ゴーゴーグッドウィルのあの会長はとんでもないヤツに違いないとは私もはっきり思うけれども、しかし、安藤優子がテレビでその頭を下げてる会長に説教を始めるのもどっか違うと思ったりする。お前にその資格がホントにあんのかと思ったりする。「汝らの中で、今まで罪を犯したことのない人だけが石を投げろ」と言ったキリストの言葉が頭をよぎる。
マスコミの姿勢はいつもそうで、自分は略奪の不倫を何度もしてきたくせに、政治家に愛人がいたら、こてんぱんにたたきのめしてこき下ろしたりするような態勢が、久米宏がニュースステーションを始めた80年代から出来てしまっている。

ブログの中で、さんざん映画についてこき下ろしながら「だったらお前撮ってみれば?」と言いたくなるような、毒舌批判(しかもたいてい的外れで事実誤認も多かったりする)を展開しては悦にいってる人は、多分、この久米宏以降のマスコミ報道キャスターの影響がスゲーでかいに違いないと私はずっと思っています。
「生きさせろ」(雨宮処凛)
フリーター、請負偽装、漫画喫茶住まい、ワーキングプアといった非常に今日的な問題を軸に、正社員若年層の長時間労働→過労死の問題等も含め、今日本の若者が陥っている、身近な底辺、生活保護までの道、すぐそこにある地獄、「働くとは何か」「生きていくとはどういうことか」「働けば生きていけるのはウソか?」みたいなものを、キッチリとした取材力とリアルな文章力でえぐるルポ。
強烈な格差社会批判。

基本的に私は自由化賛成なんで、格差社会ある程度やむなし派、ウザイサヨクが大嫌い(格差社会反対を唱えるサヨクはたいてい勝ち組で金持ってるから)だったんだけれども、この本の圧倒的な力にはどうしてもあらがえない。
かなりな説得力で、相当読ませる。

かなり思想的にダイレクトな主張があって、それに私は反対しているんだけれども、ここまで綿密な取材を重ねて事実を積み重ねられると、どういう反対の言葉も陳腐になる。

率直に言って、自分は恵まれているなーとも思ったりして。
しかし、人ごとではないなーとも思ったりして。
とりあえず、息子がフリーターになると言ったらまずこの本を読ませようと思ったりして。

あまりにも過酷な若者たちの労働と収入。
なんでこーなったかってのは、ちゃんと日経連主導の計画があって、構造改革政策がはっきりとそれを後押ししていたということもわかっちゃうし。
そんでまー影の主役が、ゴーゴーグッドウィルみたいなヤツらなわけだ。ヒドイね、本社に家賃何千万円もかかる六本木ヒルズを借りておいて、派遣労働者にこんなメチャクチャなことやらせてんのかと。

これは今話題になってる? なってないなら、これは明らかに「買い」の本。凄かった。ズシンと来た。

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「ジャンプ」的消滅を避けて
4年くらい書いたブログを閉鎖し、こちらに移転してきました。
自然消滅という形は避けて、キッチリ完結という形にしたのだけれども、それはやっぱり良かったと思う。
多少なりとも惜しまれるうちに幕を引くのがイキというものであります。

例えば「ドラゴンボール」。
魔神ぶぅは果たして本当に必要だっただろうか?
私はセルのエピソードすら蛇足と思う。
もしも、あれが、フリーザを倒した所で終わっていたとしたらどうだったろうかとふと思う。
例えば「北斗の拳」。羅王を倒してからのエピソードっていったいナンのためのあったのだろうか?
羅王を倒してエンディングにしたら、あの伝説は本当に伝説になったはずだ。

いかにも集英社らしい商売っけを出して、もうちょいもうちょいとかやってっから、ズルズル人気がなくなって、無惨な終わり方になってしまったとしか言えない。飽きられて終わりじゃ悲しい。

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ロボエネルギー充填中
ブログで過去のものを捨てて、新たにやる場合、陥りがちなのは、縮小再生産的な結果だ。
同じことをやっていては、たいていの場合、せいぜい8割くらいまでしかいかない。

例えば「ドクタースランプ」が終了した直後、「ドラゴンボール」が始まった。あのとき、「ドラゴンボール」の初回を読んだ私は、「なんじゃこのつまんなそうな物語は」と思ったものである。
チュート半端に西遊記だし。
あのキレのよかった「ドクタースランプ」のギャグは片鱗もなし。
しかし、絵はまぎれもなくコミカル系。
これでSFとか言われてもなーとか、これ絶対つまんねーと思ったものであった。

しかし、それから数年、「ドクタースランプ」を遙かに超えるおもしろさの漫画に成長したのは誰もが認めるところであった。
ロボ始動準備中
マーケッターロボです。
40歳男。
マーケティング専門の人型ロボットです。
趣味は読書。映画鑑賞。温泉ドライブ。
都内中央線沿線在住。
仕事:広告周辺自由業者。
特技:耳を動かせること。
好きな食べ物:自作のカツ丼。
愛車:SUBARUレガシィ2.0GT。

現在ロボ始動準備中です。

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