吉祥寺で暮らして働くマーケッターの、本と映画と仕事の日記
少子化大臣
うちの奥さんは、現在の少子化担当大臣と同じ年なんだけれども、小渕優子よりよっぽど反少子化に貢献していると思っている。
小渕さんは去年生まれたお子さんが一人だけいらっしゃるようだけれども、よく、朝早くから夜中までの閣議に参加したり大臣業務ができるなーと思う。TBSプロデューサーのご主人にも育児を手伝う時間や余裕があるとも思えないけれども。
一方で男女共同参画社会を目指しているわけなんで、ワークライフバランスやら重要になってくるわけか。・・・・等という「通りの良いイマドキのギョーカイ用語」を連発する文章ってのがつまり「実のない言葉」なわけであります。安藤優子的であり、町田のO的でもある、ただの「一般論」で「理想論」で中身のない(自分が実践する予定のない)「空疎な正論」であります。

今3LDK70平米教の我が家は毎日結構大変なことになっている。
長男は三歳、次男は生後1ヶ月。
次男は長男ほどではないけれども、やはり夜泣きが厳しい。
何時間かおきには妻は母乳をあげなくてはならない。そういう姿を見て「うるせーなー、明日も仕事なんだよ」と怒る夫というのは、たぶん、テレビドラマの中にしか出てこないだろう。まあ、普通の良心を持ついまどきのありきたりな夫であれば、そういう妻の姿を見ていれば、多少は手伝う気持ちがわいてくるはずだし、おそらくはまず相当部分は手伝うはずだ。

まあ、とにかく、小さい子供のいる夫婦はそりゃーもう、どこもたいていは大変。
肉体的にも精神的にもかなりギリギリ近くまで追い詰められる状況が何度かやってくるはずだ。
小渕さんは一人目のお子さんに、結構大変だったろうなーとは思うけれども、うちの奥さんはそれを二人分今やっている最中で、やっぱり、少子化担当大臣よりはるかにエライとちょっと思う。

大人が2人そろって、作った子供が1人、あるいは0人となると、それは当然、人口は減少傾向になる。
大人2人で、子供が2人作ることで、ちょうど人口はトントンになる。
大人2人で、子供を3人以上作ってはじめて、人口は増加傾向になる。
これがものすごくシンプルな理屈。
で、つまり、1人しかつくらない少子化担当大臣は、それはむしろ少子化を促進していることになるわけだ。もちろん、野田大臣や小池元大臣にはもっとふさわしくはないポストだけど。
実のない言葉
日曜日午前中仕事の後、午後、千葉へ妻子を迎えに行く。
夜8時頃出発。10時半ゴロ東京到着。
3ヶ月の一人暮らしも以上で終了。

この一人暮らしでなんだかまた太ったと思う。
理由はたぶん、いつもながらの運動不足と、そしてやっぱり自炊にあると思う。
自炊はどーしても作り過ぎちゃうし、食い過ぎちゃうのだ。
だいたい自分の好きなものしか作らないし、そうすると昔からすげー食う。
若い頃は代謝も良かったし、運動量も間違いなく今よりあった。だいたい通勤だけでも結構な運動量だった。それが今はホントにない。下手すれば一日中家の中で過ごしている。

ま、とにかく、そんなかんなで、とにかく自炊は太るの法則。

といったようなことを、先日の町田のOに話すと、

「作りすぎたら、ラップして冷蔵庫に入れて翌日食べればいいじゃん」

とまた、なんとゆーか、机上の空論というか、なんの実感も伴わない、単なる空疎な理想論を述べる。
こういうのが安藤優子的「理屈」。
そりゃそうだけどさ、じゃ、あんたって感じの。
自分は不倫して相手の家庭を壊して、子供も作っていないのに、少子化社会について画面上で嘆いてみせて、政府の策を批判しているようなもの。

この町田のOは40になる今のいままで、一人暮らしをしたことがないのである。
バーベキューでも一切家事的能力がない、まるっきりご飯の作れない男だ。
米も研げないし、焼きそばも作れない。野菜も切れなければ、肉も焼けない。どころか皿や鍋もうまく洗えない。子供の時から、40まで、ほとんど台所で自炊というものをしたことがない。
カレーも作れない。ホットケーキも焼けない。もちろん揚げ物はできない。
炊飯器の使い方も知らない。
かろうじて(おそらく)レンジくらいは使えるかなーという程度の、自炊能力である。

そんな男にだね、「作りすぎたらラップして」うんぬんかんぬんの講釈をたれる資格があるだろうか。
ま、そりゃそうだ、作りすぎたらラップして冷蔵庫に入れりゃーいいわ、そんなこと、子供でも知ってる。
しかし、そのめんどくささを考えたら、オレなら食い切っちゃうし、あるいは残念だけど捨てちゃうね。
まるまる一人前くらいのこりゃー話も別ですが、0.3人前くらいのちょびっと残してだね、翌日食おうとするような、そんな献立考えませんですよ。

自分じゃ何もしないくせに、あるいは何もできないくせに、言うことだけいっちょまえに、正論を振りかざすような、そういうダセー人間にだけはなるまいと思う瞬間であります。
うつ病とあるある大辞典
昨日話していた町田のO君、ここんところず〜っと続いていた「うつ」っぽい症状がこの数週間で目に見えて回復してきたと語り、それは本当に何より。
まーしかし、この人の自称「うつ」には昔っからちょっと疑わしいというか、ウソっぽいというか、おまえ、そんな病気の前からずーっとそうだったじゃんと思うところがある。ただの甘ったれた性格の延長線上なんじゃないかとか言ったらうつ病の人にはいけないと言うらしいけれども、場合によっては本当にそうだと思う時もやっぱりありますよ。

この自称うつ町田のOの特徴は、言うことがすべて(昔っから)「安藤優子」的なことだ。つまり、「うすっぺらなマスコミのコメンテーターやキャスター(笑)が語るような言説」ばかりというか。
たとえば、今回の金融不安についても、言うことなすこと、すべて、テレビで安藤優子が言うような陳腐でうわっすべりなこと。常に、大企業と政府が悪役というオチでおしまい。なんの建設的展望もなく、自己分析もないし、実体験からの言葉もない。どっかで借りてきた「世間話用のニュース用語」をいくつか繰り返すだけだ。

自民党と銀行が悪役という昔ながらのマスコミが踊らせるための脚本ストーリーをそのまま復唱しているだけのような、暗記脳。こいつは、だからね、暗記物は得意だけど、考える力が弱いから、東大も二浪して落ちてるし、記述式回答ができないから中大しかうかんなかったのだ。絶対。
だからいい年こいて、読む本はみな、「自己啓発」系やら「会計」ものやら、とにかくビジネス書(のバカみたいなやつ)ばかりで、小説やら映画やらを鑑賞する力がない。実際にそうしたものにはいい年こいてまったく読まない。

この点は、さすが同じ二浪しても東大にちゃんと入っている荻窪のA君は話にオリジナリティがある。頭の良さとは、そう自分の経験と知識を、現実に起きているいろんな事象に投影しながら、自分らしい言葉を使った自分なりの分析と見通しを立てることができるかってことだ。まーふつう、それが考える力と呼ばれるもので、そんなものは、ゆとり教育をしようがしまいが、まったく関係なく、本人が「考えよう」という意志を持つかどうかの違いである。

その人らしさのないオリジナリティのない話というのは、誰もが言うことであるから、この上なく退屈なものだし、オリジナリティのある話というのはだからその逆で、問題の難易度にかかわらず、きわめておもしろいものだ。だから、頭の悪いやつの話はつまんないし、頭のいい人の話はおもしろい。情報の深みと表現の広がりが違うし、言葉の手触り感とでもいうような、自分の語る自分の話ができると、別にギャグなんかなくても、会話というのは十二分に楽しいものだ。

この話がみんな「安藤優子」的な町田のO君は、ホントに、マスコミの言うことをそっくりそのままの言動なので、正直次に何を言うのかが完全に予想できるんだけれども(試しに、自民党総裁選挙の話をふったらやっぱり予想通りの答えしか返ってこなかった)、こうしたマスコミの踊らされ体質自体が、今回の「うつ状態」を招いたのではないかと、実は前々から私はにらんでいる。

というのも、この町田のO、昔っっっっっから、「あるある大辞典」の熱烈な信奉者で、こいつと飯食ったり、酒飲んだりすると、もーそうしたテレビの健康情報からの受け売りネタのオンパレードで、まーどこのだれもがうんざりしていたわけだが、ま、そのぶん、流行のダイエット方法やら、サプリメントの効能などをたのまんでも解説してくれるから便利な面はあったりした。
で、この町田のOの「うつ」がはじまった時期というのを、よくよく考えてみると、あ、そうだ、そうそうまさに、あの「あるある大辞典」が、「ぜーーーんぶウソでしたぁああ」という大不祥事による放送中止になったタイミングとほとんど重なることを私は先日気がついたのである。

・・・もしかして、これは仮説であるが、町田のOが「うつ」になったのは、あんだけ頼りにして生きる指針ともしていた金科玉条の「あるある大辞典」が、「ウソ・やらせ」であったことに対するショックが原因なのではなかろうか。きっとそうだよ。なんとばかばかしい。あんなくだらねーやらせ番組、そんなん言われなくてもわかってんだろうに、なんと素朴にテレビの言うことを信じ切っていたことであろうか。がっくり。
ほんとに、バカじゃなかろうか。
こういうタイプがだね、大本営発表がぜんぶウソでしたと判った後に、割腹自殺するような人なんじゃないか。最初っからうたがっとけよ。アホ。ちょっとはモノ考えたらどーか。

「発掘あるある大辞典」だろうと、「ニュース23」だろうと、「安藤優子」が「堺正章」でも、そんなもんどっちも同じだっつーの。朝日新聞が戦争中にどんな戦争の伝え方していたのか知らんのだろうか、まったく。


情報を咀嚼する力のない人の話はことほどさようにつまらないし、そして、情報に対するあまりにも素朴な感受性は人の精神を破壊する力があるという実話でした。ちゃんちゃん。
まーでも、町田のO君、とりあえず「うつ病」からの回復はおめでとう。「あるある大辞典」がウソだったという事実をきちんと受け止めることが何年か経ってできたんだろうね。
多摩川ウォーキング
9月27日土曜日 超秋晴れ。今年もっとも気持ちの良い気候ベスト10に入るような午前10時。
昨夜遅くに突然、町田のOに誘われて、二子玉川集合。荻窪のA君も来る。
首都圏の私鉄4社が共同で年数回企画実施しているウォーキングイベントに参加。
今回は、二子玉川出発、京王多摩川までの多摩川沿い10キロのウォーキング。
超気持ちいい。そりゃもう驚くほど。
そういや、この3人で、夏の始まりにもウォーキングをした。あれは確か7月の頭頃。新宿から渋谷に向けてであった。
今回はさらにバージョンアップ、町田のOが見つけてきたのだ。
最近、いちばんのお気に入りがこのウォーキング。金はかかんないし、楽しいし、いい運動になる。
特に多摩川沿いの10キロというのが、景観も抜群、風通し最高、都内ウォーキングエリアとしてはまずこれ以上ないほどのグッドロケーション。
2時間休憩無しに歩く。これがまー40前後男にはちょうどいい運動。つーか周りはみなもっと年配の方が多かったけれども。
10時半ゴロ出発して、到着が13時近かったかも。2〜3時間は歩いたことになる。
足はたいしたことないが(ま、ちょっと腰がふらふらするかも)、手がむくんだ、なんで?

3人で歩くと話題がいろいろ楽しい。
もう20年近い友達なんで、気は遣わないし。
主に、話題は米国の金融政策について。うそ、それもしたけど、もうちょっとくだけた感じで。
まー久しぶりに楽しかった。こういうのもいいね。

京王多摩川到着後、一駅先の調布に移動し、食事。カレー。
二人はその後も神大寺植物園へ行くが、私はそのまま帰宅。

午後は大掃除。人生でいちばん力を入れた掃除と言えるかもしれない。なにしろこんな広いスペースを掃除したことない。家中を掃除。カーペットも冬用に取り替える。
夜、やっと遅れていたデータが到着。深夜仕事。

すごい盛りだくさんで、充実した土曜日であった。今年度の「ベスト土曜日賞」の候補。
鉄のクラウス
オレが自民党やらをやたらと擁護するのは、なんというか、ちょっとは気持ちがわかるからだ。
少し感情移入している。
せっかくこっちがおまいらみたいなバカのために、クソ忙しい中丁寧に指導してやってんのに、まーたそんなことをして。
ある意味子供を育てるのと同じ。こっちは子供のためによかれと思っていろいろ辛抱強く教えるし、注意もする。目の前に深い穴があったら、そっちに行くと危ないよと教えてやり、手を引いてあげるというのが親心である。しかし、モノを知らぬ子供はそんな自由を制限されるのが嫌い。あげく、こっちが悪いと文句ばかり言う。子育てはそんなもんだと割り切っているのでまだいい。
たとえば、半分ボケかかってるような、身勝手な老人たちも、似たようなものだ。
あんたはひとりじゃできないだろうから、こっちが仕事で死ぬほど忙しい中、細かく手はずを整えているのに、年金暮らしの超ヒマヒマのくせに、なんだかんだ言い訳をつけては意固地な姿勢でズルズルとしている。おまいらのためにやってんだから、ガタガタ抜かさずとっととこっちの言うとおりにせんかーと、ついエーベルバッハ少佐と同じ長州体質でイライラする。そうです、私が鉄のクラウスです。さっさとせんかーといつも怒っている。

そういえば、少佐は何歳なんだろうか。
ずっと年上の感覚でいたが、わりと最近は同じ年くらいかなという気もする。
つまり、30代後半〜40はじめくらい。
「結婚できない男」のアベちゃんと同じくらいな感覚。
あの通りの徹底した仕事人間中間管理職なんで、なんかやっぱりそのくらいの年って感じ。
女性にまったくこびないクールさもなんかこの年ならではという気もする。
世襲
小渕優子入閣にからんで、世襲の話の続き。

何かで聞いたことがありますけれども、
●「親が子供に継がせたい職業」のナンバーワン
ってなんだと思います?
聞いて納得、「不動産屋さん」だって。伝聞だから間違ってるかもしれないけど。

親が子供に継がせたいって、それ、ソートーおいしいってことだよね。
医者が子供も医者にしたいってよく思ってるみたいだけど、そりゃわかる。
あきらかに普通のサラリーマンに比べて収入水準が違うし、会社勤めしてる世界とは結構ガラリと違う。こないだも高校の同級生の医者の話聞いたけど、家賃が35万とか言ってたし。えーっと、はっきりいって、それより月給の安いサラリーマンって超いっぱいいるしね。ことほどさように、生活レベルがまるっきり違う。

しかし、その「医者の親が子供に継がせたい」と思う気持ち、それより、強いのが「不動産屋さんの親が子供に継がせたい」という気持ちなんだそうな。
どんだけなのか。

考えてみるに、たとえば、私は最近、仕事場を別に探そうかとヒマがあるとネットサーフィンし、地元の不動産屋さんにも何件か問い合わせたりしている。
ワンルームのボロ屋でいいんだけど、ある程度の広さは欲しくて、そうするとこの辺でも、だいたい7万〜10万円ぐらいはやっぱりする。
で、不動産屋さんに、借りますということになった時、仲介手数料を通常一ヶ月分支払いますが、ところでこの7万円〜10万円の仲介手数料を稼ぐために、この不動産屋さんがいったいどれほどの労力と時間をかけたものでしょうか? ぶっちゃけ、相当たいしたことない労力と時間じゃん。普通の仕事に比べてですね。

たとえば、通常の仕事で7万を稼ぐためにはどれほどの時間がかかるものか。
高額所得の代名詞のひとつ、弁護士ならばどーか。弁護士さんに相談に行くと、相談料が、たぶん、三十分で1万円、つまり1時間で2万円くらいじゃなかったっけ。
弁護士さんですら、7万円を稼ぐには、3時間30分はびっちり、ややこしい法律の相談に乗らなきゃならない。3時間30分、つまんない人の話が聞ける人、あんまりいないよね。オレは嫌だ。
ところが、不動産屋さんは、賃貸物件を紹介するだけ、下手すると、1発目の紹介で、「あ、これにします」と決めちゃう。一時間で7万円ゲットということだって超あるあるなわけであります。
7万円ってのは安い家賃の話だけど、都内最低価格で部屋は普通5万円くらいからか? 駐車場でも2万円前後からじゃないすか。駐車場紹介にはえり好みはたいしてないだろうから、確実に即決なはずだしね。もしかして、同行すらしない可能性も高い。
1時間でぼろ儲け、やっぱりそれが不動産屋。もちろん賃貸物件には15万円のものもあれば、20万円のものだってたっくさんある。

高額所得と言えば、医者だけども、こっちだってですよ、私が普通に風邪引いて街のお医者さんに行くと、だいたい1500円くらい1回かかります。3割負担だから、お医者さんには4500円が支払われることになります。で、その街のクリニックのお医者さんが一時間に診察する患者さんって、よくわかんないけど、1件15分としたら時間4件、1件10分としたら時間6件か。
全部の患者の風邪だったとしたら、時間4件で時給が1万8千円、時間6件で時給2万7千円です。
こっから当然、看護婦さんたちのお給料や、高額な医療用器具のローン、クリニックの家賃も払う必要があるわけです。
1時間で15万円の賃貸物件を即決させた方が、あきらかに「ラク」だし「儲かる」気がするね、やっぱ。

おまけに賃貸不動産の紹介なんて、なーんの「リスク」もないわけでしょう。
それどころか、医者や弁護士と比べて、街の不動産屋になる「資格」をゲットするなんて、どんだけ簡単なことかと。

やっぱね、不動産屋が、子供に継がせたいと思う気持ちはわかりますよ。
小渕優子?
3件くらいの仕事が同時に流れていて、どれも抜き差しならない状態のため、この連休もすべて仕事にあてていたわけだが、近頃調子の悪かった千葉の義母がとうとう、緊急に手術&入院をすることになった。仕事的ににっちもさっちも動けなかったが、しかしとある件のデータ到着がいろんな事情で遅れることになった。
チャーンスとばかりに、24日は緊急オフとして、関係各方面に事情の連絡、起床7時ですぐにクルマに乗り千葉へ。朝なんで時間かかる、到着は11時頃。
いろいろ買い物したりして、妻と子供二人を乗せ、入院先の病院へお見舞い。
千葉房総エリア随一のというか、国内有数の患者満足度を誇る有名病院、鴨川亀田病院までクルマで一時間程度。
手術後でいろいろ痛々しかったけれども、顔色は悪くない。しかし手術は今回だけじゃ終わらないみたいで、何回にもわけて実施されるみたい。命にかかわることはたぶんないけれども、入院期間は予想よりもずっと長くなりそうである。

とりあえず千葉から日帰りの予定であったが、確認の電話を入れるが、今夜もデータの到着はなさそう。この調査は海外数カ国同時実施の世界調査であり、結構な巨大プロジェクトである。その実施集計班は何人もみなここ数日ほぼ毎日泊まり込みの貫徹を続けている様子。超ヤバイ。
で、その最後のアンカー、日本代表で私がつとめます。スケジュールはメチャメチャ押せ押せになっているわけなんで、最後の日は私が辛いことになりそう。

で、夜千葉でニュースをみると、麻生内閣の組閣発表。
で、小渕優子入閣!!
マジで?? まだ34歳らしい。34歳で大臣か・・・。ついこの前まで「はなまるマーケット」のADだったらしいけど。ADと言えば、薬丸たちから足蹴にされていたかもしれない人が、今度は「はなまるマーケット」に大臣としてゲスト出演しちゃう。
小渕さんはかわいいしね、血筋的にもバッチリだし。それにしてもちょっと早くないか、てゆーかサプライズ狙いすぎじゃね?

政治家ってのは世襲だなーと改めて思いますね。
小泉さんもお父さん大臣だし。
その次の安倍シンゾウもお父さん安倍晋太郎だし。(じーさんたちはもっとスゴイし)
福田さんもお父さん総理大臣だし。
麻生さんは、吉田茂やら大久保利通の家系だし。
で、小渕優子がこんなにも早く入閣と。

世襲が多い職業ってのは、「親が子供に継がせたい」職業でもあり、また「子供が親の後を継ぎたい」と考える職業でもあるってことだよね。いろいろ途中反発はするだろうけれども、結局は継いでいるというのは、やっぱりその職業がいいものだということがわかっているからだ。じゃないとね、こんなにいっぱい世襲ばっかり出てこないですよ。

世襲制度自体に私はあんまり異を唱えるつもりはなくて、逆に「サラリーマン社会」みたいな、非世襲が多い世の中こそどーよと思ったりするのだけれども(サラリーマンでもトヨタ家のように、ちゃんと世襲で会社を継いでいるケースも多い)。
世襲議員で実は期待しているのが、後藤田さんです。
アメリカ支配
昔、バブルの頃か、本宮ヒロシ大先生の傑作「大と大」というマンガがあった。
本宮先生の描くものは、すべてが傑作と言ってもいいが、これは特にインテリジェンスにあふれていた。

「大」というエリートの血筋の政治家と、貧乏人のせがれから経済界を動かすようになったもう一人の別人「大」という二人の男の物語。まーなんとなく設定的には「ケインとアベル」っぽいイントロドン。
ところが、ジェフリーアーチャーを遙かに凌駕する本宮先生の創作力は、その後もーとんでもない展開になる。
政治家のエリート「大」はまーともかくとして、貧乏人の「大」はアメリカにわたって、アメリカ外資企業の元締めみたいな役どころに出世する。
当初は隠されていた「大と大」という物語のストーリーの本質は、アメリカ外資系企業が、日本を経済的占領下として支配するという、壮大な仕掛けにある。政治家の「大」も大きな力の前にその波を回避することができず、貧乏人の「大」はその波の先頭に立っているというような構図だ。

アメリカによる経済支配というコンセプトは、その後もたとえば村上龍の「愛と幻想のファシズム」なんかにも出てきているように、非常にリアリティのあるどす黒い未来像としてあの時代非常によく描かれたものだが、この「大と大」ほど、そのうすら怖い感じを繊細かつビビットに描いたものはないと思う。

これら優れた漫画家や文学者の描いた未来像は、確かにその後はっきりと実現していた。
バブル崩壊後の、アメリカ外資系企業、ハゲタカ金融やらにとどまらず、やつらがどれほど日本の土地と企業を買いあさっていったことか。
不良債権化したゴルフ場の土地は大半がこの手のハゲタカ外資が買い集めたという。ゴルフ場ってのは広いから土地面積でいうと、相当な割合にのぼる。
さらに97年の日本の金融危機に前後して銀行も証券会社もみーんな外資にのっとられた。

近年開発が進んだ、品川駅周辺であるが、もーあの辺は、ほとんどアメリカ村と言ってもいいんじゃないだろうか。どこもかしこも外資系企業のビルばかりである。
完全に黒船に占領された。ある種の出島状態だ。
「大と大」や「愛と幻想のファシズム」の予測した未来図はこうしてきちんと実現した。

こういう状況に、サムライの先祖を持つわれわれ日本男子は正直むかむかする気持ちを抑えることはできなかった。私のような右翼ならなおさら。これ以上アメ公の言うことなんか聞きたくもない。

しかし、今日は久しぶりにスカっとしたね。
あー気持ちいい。
三菱UFJが、アメリカ金融のトップの一角、ゴールドマンサックスに援助を決定。これはつまり、ゴールドマンサックスの筆頭株主になるってことよね。つまり、ゴールドマンサックスの親会社が三菱UFJってこと。三菱UFJの傘下ってことね。アメリカ金融のトップが、日本企業の傘下にひれ伏したってことだ。
ちょーーー気持ちいい。
ああ、すっきり。
いままで奴らにさんざんやられてきたんだからね、お返しですよ。バンバンやったればいい。
もういっかいですね、ハリウッド映画会社を全部買収しちゃえばいいし、エンパイアーステートビルも買収しちゃえばいいんですよ。ざまーカンカンやっちゅーの。


まーね、たとえばさっきテレビのニュースで、まーたあのウザーイいじめられっ子経済評論家、テレビ局おかかえで、クイズ番組に出るくらいしか仕事のない、「年収300万円時代」の森永のおっさん(←そんな時代はこなかったし、そもそもおまえは月収が300万円以上やろうと)が、あいもかわらず悲観的で批判的で根暗な意見をご開陳してて脱力。
この年齢不詳のとっちゃんぼうやデブの言うことにゃ、毎度毎度、がっかり。予測ちっとも当たらないし。おまえはミニカーでも勝手に集めとけやという感じである。
恐慌回避
今回は実はホントに世界恐慌が起きたらどーしようと思っていたのだけれども、先週末のアメリカの動きでほっと一段落。と言ってもいいんだろう。予断は許さないかもしれないけど。

もしも、あそこでヤバイ状況になっていたら、日本の経済はかなり致命的な状況になっていたのではないかと思う。アメリカへの経済依存はなんとなく半分以上って感じなので、アメリカがこけたら、日本は死に体に近いことになったんではないだろうか。
日本の銀行の貸し渋り・貸し剥がしが強烈になり、中小企業はドンドコバンバン倒産。ただでさえ、今は不動産不況で上場クラスのゼネコンがどったんばったん倒産し、連鎖的な関連業種が危機的な状況で、そのうえ、つい先頃までのエネルギー高騰で各業態の経済的危険度は逼迫していたというのにである。その上、輸出入が弱くなったら、日本の中小企業を支える社長さんの、何人が首をつることになるのだろうってマジで心配していたのだ。社長が首をつるってことは、社長の一家が離散して、従業員たちはリストラされ、その子供たちもたとえば大学に行くのを辞めなきゃならんかったりとか、奥さんが水商売をしなきゃならなくなったりとか、そんなことになるってことだ。

そんな大恐慌が一応は回避されたかに見える。
ほっとした。
普通に状況をみる限りは、米政府の金融支援策が発表されたことや、イギリス等の空売り禁止措置など、各国政府の迅速な対応が、なんとか恐慌的下落を阻止したということみたいですね。
これはちゃんと感謝をしなければならないと思う。
ブッシュ米大統領の悪口ばかりを言う人は多いかもしれないですけれども(別に私も好きじゃーないけど)、あの判断があったおかげで、日本人の何人が首をつらなくてすんだことか。何万人の雇用が守られたことか。ぶっちゃけ、イスラム世界と戦争をしようがしまいが、日本にとっては、生き死ににかかわるような大損はそれほど出てないんだけど、今回の世界恐慌阻止のための判断のおかげで、日本人はすんげーーー助かっている。

あの支援策ってのは、当然、米国の税金を、金融機関の支援のために使いますよってことだと思うんだけども、もしも、それを日本がやったとしたら、どうだろうか。
まず間違いなく、日本じゃそれがユルされないんだよね。真っ先にマスコミが「国民の血税を、銀行を建て直すために使うなんて!!!!!」と大大大大反政府・反銀行キャンペーンを行いやがって、左翼政党もその尻馬にのっかっては、キャンキャン吠えまくり。それに踊らされたバカな国民が、ブログかなんかで、「俺たちの税金を銀行を建て直すために使うなんて、いいかげんにしろ、オレの会社を建て直してくれ」とかなんとか言い出すに決まってんだよね。そして、その猛反発があるがために、議会決定はいつまでも紛糾し、そしてたぶん、決済はされず、金融支援は行われずに、(あるいは中途半端な額しか使われずに)、不良債権はどんどんどんどんたまっていくのでした。そして、大がかりな措置がとられないまま、ますます泥沼化し、長期化する。手術を怖がる病人が、いつまでも本格的な治療に取りかからずに、うわっつらの痛み止めかなんかでごまかしているうちに、とうとう本格的にこじらせて命を落としてしまうといった状況に似ている。

目に見えるようだ。つーか、つい最近もそうだったしね。これが日本できちんとした対応が常に遅れてしまう原因です。まともな政府判断を、常にマスコミと野党がかきまわし、足をひっぱり、最終的には国民を害するようになる。

住専やりそな銀行の建て直しのために、税金をぶっこまれるのは、そりゃーむかつくけれども、しかし、もちろん、そうしなければ、もっともっとひどい目にあうわけじゃん。
必要な時に、必要な税金が使われるのは当然だ。


そんなことを思った今回の金融危機回避。
しかし、アメリカ政府も、議会を通すのはまだこれからみたいだけど、大変かもしれないですね。たぶんとんでもない金額の税金を投入することになるだろうし。大反対が出てくるのは目に見えている。
二番煎じ
二番煎じについて、何度も繰り返す。
オリジナルを言い出した人の権利を守り、その勇気と成果をキッチリ評価するためには、パクリでずるがしこく立ち回ろうとするような、セコくてバカがやつのことを叩かなければならない。
ニセモノ、パクリ、人まね、そんなことばっかりやってるやつはつまりは、精神的に不潔であるとともに、教養がなく、頭が悪いってことだ。
バカはパクリしかできない。
教養のある人間は、パクリが恥ずかしいと感じるものだ。
ホンダがストリームで大ヒットをトバしたら、そっくりそのままに近い商品をウィッシュと銘打って売り出すような、そんなパクリトヨタな商売なんかやってるやつは信用しちゃならない。
もっとね、作り手としての、襟を正せと。
人間としてのプライドはないのか。
パクリで生きていくとは、下品なことこの下なし。

恥ずかしいパクリ人生のたとえとして、たとえばSMAPたちのパクパクギャグをまず筆頭にあげたい。
かの恥ずかしい人々よ、もう二度と「おもしろいこと」をメディアで言おうとか思わないでくれ。
どーせおまいらにそんなこと無理なんで、あんたたちは顔だけの人なんだから、下手な歌はまだ我慢できるけれども、つまんないパクリのお笑いをするのだけは二度と勘弁してもらいたい。

SMAPたちについては、こんなことがあった。(非常に何度もよくあることだが)

(以下続く)急に仕事
金融不安に思うこと
銀行の仕事をしながら、世界金融不安を思う。

あいつら、あーんなに高い給料取ってないで、ちゃんと社内で貯金してれば、倒産しないですんだんじゃないの? という田舎のおばちゃん的発想こそが実は正鵠を得ているのではないだろうか。

80年代末のバブル景気の時もそうだよ、あの、異常に調子に乗っていた、不動産を転がすだけでもうけていた人たち、株を動かすだけでもうけていた人たちばっかりだったあの時代。あの頃は、どこの企業も「財テクこそがいちばん」みたいなこと言ってたのを私はしっかり覚えてます。
そして、その、「不動産に頼っていた」人たちと、「株に頼っていた人たち」が、調子に乗りすぎたため、不良債権の山ができて、国民みんながヒドイ目にあった(もちろん、当事者たちはそりゃもー自殺もんの厳しい目にはあっている)というのが、バブル景気の経過のすべてだったはず。

ものすごいベタなことを言うけれども、「額に汗して働いたお金」ではないやり方で儲けている姿ってさ、やっぱり、最後はこうなっているような気がする。
ほりえもんも、村上ファンドも。
「まじめにこつこつが一番」という、「日本昔話」みたいな結論になってしまって、すごくつまらないけれども、われわれ地味でまじめな日本人のメンタリティには、こういう「調子に乗ってる意地悪じいさんの失脚」というストーリーがしっくりくるのだと思う。やっぱり結局は、舌を切られちゃったじゃん、とかコブが2つになっちゃったじゃん、とか、そういうオチを期待してしまうのだろう。強欲かいたらそうなるのはわかってんだろうにというオチね。
ノンポリシーこそがポリシー
仕事が忙しくても日記は欠かさないが、移動が多いとどうしても書けない日が増える。旅行であれ、出張であれ。
まとめて書く時には何があったかのメモ。

9月17日水曜日は、確か結構バタバタ。
銀行の仕事、2件を同時に深夜までやる。

この2件は、それぞれ別の担当者の仕事。
そして明日木曜日の午前中にプレゼンするための資料の最後のツメの手伝い。

仕事には、最初の企画からまるまる引き受けるような件もあれば、途中集計があがってきたトコロから手伝うということもあるし、今回のようにギリギリのどん詰まりでどうにもならないから、ちょっとだけ手伝うというケースもある。

ちゃんと打ち合わせしないとできないよーとか言い出すような、ケツの蒼井優なことは言わない。
私のポリシーは、金になりゃなんでもおk。
ただ、犯罪系とか、違法系はパスね、そりゃもちろんだけど。
半オフ
今日はほとんどオフ。
この連休、実は結構大変なんであった。
プライベートで千葉へ行ったり、金融関連の件で、一本報告書書いたり。
金融の件は、昔の会社の先輩が去年作ったものの、今年バージョン。
去年のお手本を渡されているので、そのトーンに合わせて書くが、いろいろ勉強になった。
コメントのコツはやっぱ難しく書かないことだ。
仮に難しいことを考えても、それを簡単に書く。

さらに、前からしかかっている運輸系のレポート、仕上げに何枚か要約を加筆した。

その両方を連休明けの今日、火曜日の午前中に提出・送信。
ほっとしたら、なんか、また軽い頭痛。
子供の頃から慢性的な頭痛もちなんで、しょっちゅう頭痛にはなるんだけど、そういやこの2週間くらいほとんど頭痛を忘れていたけど、と。

とりあえず出した後、気になる件が1つ、また別件の依頼が3つほどあって、うち2つは結構急ぎっぽい感じ。でも、さしあたって今日から動かなきゃいけないというわけでもなさそう。
そういうわけで、頭も痛いし、今日の午後は半休オフ。

たまには息抜かないと。
寝ようかと思ったけれども、頭痛薬で痛みはおさまってきたし、天気も悪くないので、吉祥寺駅周辺をブラブラ散歩。そういえば、ビデオを返してまた借りる。本屋パトロールの方は特に収穫なし。角田光代が新刊を出していたが、これは世間の書評的反応をみてから。「なにわ金融道」が書き下ろしで単行本化されているのは発見した。弟子たちが集まって作ったのだろうか。たしかに、あの弟子の方が描いても、青木本家が描いても、あんまり変わらない感じはするよね。

帰宅後、さぬきうどんのぶっかけを作り、さばのみりん干しを焼く。どちらも好物。
借りてきたビデオ「火宅の人」を見始める。
これ私が上京してきた年の映画。
学生時代のバイトでビデオを見続けるって仕事を1年くらい続けたんだけど(いかがわしいものではない、詳しくはまた今度)そのときにも、この映画を何度も見ることになった。
で、今回またなんか懐かしくて借りて観る。

関係ないけど、今、いちばん注目しているお笑いは、天津木村。あると思います。
「大いなる陰謀」(ロバートレッドフォード監督)
映画「大いなる陰謀」を見た。ロバートレッドフォード監督主演。共演は、偽善者役がよく似合うトムクルーズと、めがねをかけた悪魔メリルストリープ。
久しぶりに、こんな嫌いな映画にあたった。
ここまであざとい映画もまーないだろうって。
なんとゆーアメリカの傲慢。あの国はインテリ層も含めて、せいぜいこんなことしか考えてないんだろうなというのが、非常によくわかってがっかり。
「陰謀」モノは、「法廷」モノや「詐欺」モノと同様、いちばんおもしろいジャンルなんで、どんなどんでん返し来るかワクワクして、借りたのだけども(実は劇場にも行きたいと思っていたのだ)、オーマイ。
こんな、トークショー番組かよっ。
教育的舞台かよっ。
これなに、なんの宣伝?
どういう討論番組?

討論や議論の内容がつまんないわけではない。それはむしろちょっとは示唆に富むものだ。
嫌らしいのは、「討論」や「議論」をするフリで、あざとくも汚らしい主張に導こうとしているところ。
物語は延々「知的政治家」「知的ジャーナリスト」「知的大学教授」が「知的な政治議論」を重ねているだけといってもいいような、映画映えしない展開なんだけれども、その言葉巧みな応酬で、結論めいたものに観客を誘導しようとしているけれども、ちゃんとした人ならすぐにわかる。
ここで議論されていないことこそが大事なことだ。
少なくともわれわれ非アメリカ人にとって大事なことは、彼らの議論の外にある。
彼らの議論はすべて、アメリカという独占的世界の支配者の優越の上になりたっている、傲慢な視点でのもので、アジアの端っこのわれわれにとって、この映画はどうしようもなく居心地の悪さを感じさせる。

とにかく、すぐに、「なんとゆーアメリカ中心な視点の映画なんだろう」とうんざりしはじめる。
その印象は最後までずーーーと変わらず。
メリルストリープがあいかわらず、世界一むかつく女役なんだけれども、この映画では一環して、その「アメリカ中心の視点」を批判する「フリ」だけしてるのね。それがまた、何重にも嫌らしい「欺瞞」でしょう。「かっこだけ」のジャーナリストブリッコというか。私の嫌いなマスコミ像だ。ホントに、この女優のことだけは、私は何十年経っても好きになれない。なんでこー延々出続けているのか。

映画は「デキの善し悪し」と、「内容の好き嫌い」ってのは、それぞれ独立した基準であって、だから「デキは良いけど、内容が嫌い」な映画ってのもある。「ダンサーインザダーク」なんかはその典型で、、ありゃホント映画のデキはホントすばらしいけれども、その思想が根本的に吐き気がするほど嫌いな映画だ。「大いなる陰謀」もそうね。構成もうまいし、スリリングでもある、落ち着いた演出で退屈はさせないけれども、映画を通して言わんとすることが、最悪だと思うような映画。(もちろんそう思わない人もいるでしょうけど)
「映画のデキ」ってのは、結構客観的に近い基準だから、万人が認めるものだけれども、「内容の好き嫌い」はこれはもう非常に個人的な基準なんでどうしようもないし、また、言いたい放題にどうしてもなる。
リーマン
リーマンブラザーズにちょっぴり「ざまーみろ」と思った人の数→

外資系金融の異常な給料の高さには、みな、どこかしらで、うさんくさいものを感じていなかったであろうか。NHKドラマ「ハゲタカ」を見て、ホントにこれでいいのだろうかと、割り切れないものがどこかに残ってはいたような。

とりあえず、優秀な人材がみんな、あの外資にばっかり流れていたので、そうなると、ますます、人材流出というか、アメリカ帝国の傘下感が強くなって嫌だったんだけど、これでいったん歯止めがかかるはず。外資だって、メーカー系はそんな激しく無茶な給与の開きなんてないですもんね。ある意味適度な「実力主義」な感じ。メーカーの給料だったら、ソニーだってトヨタだって超負けてないし。

格差社会うんぬんというのは、実は幻だというか、何を基準に格差が広がったとか狭まったとかその根拠がないというのが実際のところらしいけれども、私の感じたところでは、たとえばほりえもんやら村上ファンドやら、あとはまーこの外資系金融、投資銀行だか証券会社だかよくわかんない、錬金術のようにお金をふくらませてきた彼らの収入水準が、一般的な給与所得者、そしてもちろん非正規雇用のフリーターたちとの間の格差の話だったんだと思う。

ヒルズに住んでるような、IT成金というか、M&Aやら上場やらの「株売買」を主な収入源としたお金持ちの姿をマスコミが派手にうちあげる一方で、フリーターたちのワンコイン雇用もクローズアップして、その両者の「格差」があるねっていうのが、マスコミが中心になって浮き彫りにしてきた「格差」の正体なんではなかろうか。

実際問題、その非正規雇用の日雇いフリーターにしたところで、アフリカ諸国など世界中の貧困層にしてみたら、超絶ぜいたくで豊かな暮らしを享受しているわけで、格差格差といっても、士農工商の身分制度がひかれたわけでもなく、全員に選挙権も社会権もあるわけだから、総選挙で各党が「格差社会をなくそう」とシュプレヒコールをするほどのことでも実はなかったりする。

とりあえず、リーマンブラザーズ等外資系金融の給料の高さに、多くの人はむかっぱらをたててたんじゃないかってのが私の推測で、だからこそ、代々木の妻によるバラバラ死体事件に世間の注目が集まったようなところもあったりして。
厄年の連休
42歳は厄年なんだけれども、これは別に日本だけの風習ではないらしい。
儒教とか仏教とか関係のない、欧米やらアフリカその他、世界各国でこのあたりの年齢は「ヤバイ」という危険信号が出されているらしい。

それは実際にやってみてなんかわかるのは、この年の男はなんとゆーか、もんのすごく忙しいからだと思う。ゆっくり体を休めるヒマがなかなかない。だからちょっとしたことで、病気になったり、事故にあったりする、だから気をつけなさいよ、というそんなことなんだと思う。

まず
(1)仕事が忙しい

これはまあ、当然。30代・40代は働き盛りってゆーか、この年代に働かなければいつ働くんだという世代なわけですが、そのちょうどど真ん中が40歳前後なわけだ。現場的にも忙しいし、管理職的にも忙しい。私は管理職なんてやんなくていいからその分ラクはできるけれども(マジで人を動かすのはどー考えても大変だと思う)、そのかわり細かいことまで自分でやんなきゃいけない大変さはやっぱりある。

仕事だけならまだマシだけども

(2)家族で忙しい

ってのも、これがまた、やってみて思ったけど、ホントそうね。
世の奥さん方々はみな、うちの夫は何も手伝わないとか言ってるかもしれないけれども、そう思っている奥さんのご主人もホントは家族のためにいろいろ時間を使っている。使いたいしね、使わざるを得ない面もある。そりゃ専業主夫じゃないんだから、母親役ほどのことなんてなんもできませんけれども、一応家事以外の一切、金を稼いでくる担当の仕事はもーそれまで以上に苛烈な忙しさを極めているというのにですよ、そのうえ、家のことも、子供が生まれりゃそれなりにちょっとは手を出さなきゃならんかったりして、それね、とても忙しいです。休むヒマないです。休んでると、ちょっとは家の手伝いしろとか、子供と遊べとか怒られます。怒られなくても子供と遊びたいものです。心身ともに疲労します。

で、仕事と家族だけなら、まだしも、これが私は盲点だった、こんなことは予想してなかった

(3)親で忙しい

こんなこともあるのね、40過ぎてくると、いやーこれはほんとに予想外です。
山口の実家には両親が健在、千葉には義母が健在、とはいっても、みなもう定年の年齢ですからね、体のどっかがなんかあっても当然おかしくはない。そしてその上の世代を送ったりなんだりしていると、それこそ心身ともにガクーっとあるのはよくあることで。
そうなったらなったで、私ら40過ぎの男たちはなんかしらをしないわけにもいかない。たいしたことはできないけれども、人手は常に足りないので、誰かが何かをしなければならない。
親に金がかかるってのも今回すごく実感。

そんなこんなで、超忙しい42歳。
この連休ももちろん全返上で、仕事あるいはプライベートで超バタバタ。
半端に古いDVD
いつものように、中途半端に古いDVDを探して観るのが好きだ。DVDに焼き直しが進んで、これまであんまり見る気の起きなかった一部の半端に古い映画に脚光があたっている。
今週観たもの。

(1)「メジャーリーグ」
(2)「メジャーリーグ2」
これはちゃんと観てなかったのだけれども、ハリウッド型エンターテインメントの王道として、きっちり盛り上げる。
「ドカベン」というか「本宮ひろし」的なストーリーをもっとバカっぽくして、ドジンやケトウにもわかるようなメリハリをつけた2時間なんだけれども、さすが世界マーケットを狙うハリウッドは落としどころを心得た上に、ハズレがないようにきちんとマーケティングしている感じ。
たとえば、パート2に石橋貴明をもってくるあたり、市場の読みがウマイですよね。当時って、まだ野茂は大リーグで活躍する直前に作られた話のはずだから、パート1の反応をみると日本の観客がホットだというデータからのサービスキャストなはずだ。

(3)「未来の想い出」
これは2回目。最初はビデオで観たんだけど、意外といーなーという印象があったまま、その後20年くらい放置。で再見。やっぱ意外といーなーと思う。話はすっかり忘れてた。
ときわ荘(プラスアルファ)キャストが豪華。もうこんな画面は見られないよ。藤子不二男のお二人はもちろん、石の森章太郎先生や、赤塚不二男先生、永井ゴウ先生も一同に介して。その中でいちばん台詞が多いのが、赤塚先生というのがいかにもで、泣ける。

(4)「伊賀忍法帳」
あまりにも安いキャスティング。主演女優はデビューしたての渡辺典子だし。敵は成田ミキオやら佐藤蛾次郎とかストロング金剛だし。主演の真田広之もまだまだギャラが安そうな頃の映画だし。いちばん金とってるのはその親分のサニー千葉なんじゃないかって話。
首ちょんぱシーンにはいまみるとびっくり。やっぱり、CGの進化というのは素晴らしいものです。やたらとCG的映画がダメだとかケナス人がいるけれども、ちょっと待てと。じゃあ、こういう「伊賀忍法帳」みたいなのをいつまでもやっててあなた耐えられますか? と言いたい。それくらいヤバイ。ある意味新鮮すらあった。驚愕の安っぽさ。学芸会的。たぶん日芸の学生の自主映画の方がこれならマシじゃないかって気がする。
が、そんな弱点をぶっとばすほどの映画にしたててあるのは、やはり山田風太郎の原作の良さ。
そして意外とイケてる渡辺典子。角川三姉妹でいちばん地味な彼女だが、今回ちゃんと観ると、やっぱそれなりにかわいいかも。

(5)「金田一耕助の冒険」
大林監督の最高傑作はやはりコレだろう。確かウッチャンナンチャンの内村もそういってたような気がする。DVD化を待ってました。てゆーか、ビデオになってるのも、いままで観たことなし。だからこれを観たのは子供の頃以来。なんとゆーか、日本の映画史に残るね。別に特別イイ意味ではなくて。日本映画としてはあり得ないほどの「ポップ」さというか、瞬発的「コメディ」というか。実際問題、「パロディ」で笑いをとるなんて、日本映画のやり方として普通あり得ないんだけれども、これは存在そのものから、ディティールにいたるまで「パロディ」の連発。今若い人が見ても、なんのことやらわかんないシーンが続出なんだけれども、それには、(多くは大林監督が昔いた)当時のTVCMのパロディなんである。その後続かない手法だったけれども、だからこそ、この映画の価値はマジで高い。
尾道でしんみりした映画など撮ってる場合ではなかった。もちろん、映画の最後に監督自ら歌っている場合でもない。
アジアの純真
私の「文化」へのお金のかけ方は極端に偏っていて、子供の頃から、「本」と「映画」については、自分の所持金の多寡をまったく気にせずに、おもしろそうなものにはバンバンお金をつぎ込んでいる。どうせどっちもせいぜい2千円程度。高校生までは田舎だったし小遣いも少なかったんで、ある程度の遠慮はあったが、大学生からは一人暮らしなんで、食う金や着る金はジャンジャン削っても「本」と「映画」の金を削ることはなかった。3日間の食事が食パン1斤だけ(しかもバター・ジャムなし)になっている時でも、本屋で1万円分本を買い込んでくることもあった。

ところが、「音楽」については、ホントに、金をかけない。CDを買うのなんて、1年に1回あるかないかではないだろうか。たぶん、今後はダウンロードが音楽ソフト購入のメインになるとは思うのだが、もちろんそんなものは、携帯の着メロ以外、一度もやったことがない。だいたいipodもそれに準じる携帯型HDDデジタル音楽プレイヤーも、持ってないのである。
コンサートやライブにも、付き合い以外ではまず行かない。チケットぴあは舞台のチケットしか買ったことがない。

そういう私が、昨日、1年ぶりくらいにCDを買った。
J-POP HOUSE COVERS「Q;uriosity~Wild Wild Winter!/Spring!」J-POP HOUSE COVERS「Q;uriosity~Wild Wild Winter!/Spring!」
(2008/01/09)
eLEQUTE

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パヒュームみたいな、テクノっぽいロボット声で、懐かしい音楽をカバーしたもの。
1.CHOO CHOO TRAIN
2.ロマンスの神様
3.WINTER SONG
4.どんなときも。
5.アジアの純真
6.花火
7.負けないで
8.EVERYTHING
9.OVER DRIVE
10.PRIDE
11.渚のバルコニー

いずれも90年代の懐メロ。広瀬香美も槇原敬之もいい。
特に「アジアの純真」はこのタイプのカバーにうまくハマる。
松田聖子や「負けないで」は今でも頻繁にかかるので、特別な懐かしさはないけれども、「ペキンベルリンダブリンリベリア」とか聞くと、それを聞いていた場所が今でもはっきりと思い出す。

私は当時会社勤めしながら柴崎にある自動車学校に通っていて、夏休みだった荻窪のA君が自動車学校そばのパチンコ屋で待っていてくれた。私の学校が終わったらその日の夜の新幹線で二人で大阪に行こうと約束していたのだ。待ってる間に、A君のパチンコ(←当時爆発的ブームだった「がんばれ源さん」)がそのときに限ってフィーバーしてしまい、しかも7揃いかなんかの超確率変動。私の教習は終わってもA君のパチンコは止まらない。結局数万円分稼いだところで、他の人に台を譲り、かなり終電ギリギリの新幹線自由席に乗った。大阪ではお互い別行動なんで、一緒に旅行つっても、その新幹線と行き先の共通の友人宅に一泊するまで。ただ、その頃は、いたるところで、この「アジアの純真」が流れていて、A君もウォークマンで聞いていた。
「アジアの純真」を聞くと、その頃のことをすごく思い出す。

槇原敬之の「どんなときも」は就職活動を思い出すし(織田裕二の就職活動映画の主題歌でもあったのである)、「ロマンスの神様」は神楽坂に住んでいた頃を思い出す。

音楽は記憶と密接につながるせいか、いつも時代背景とセットになっているのがいい。
フットワーク自慢
自分の長所を一つあげろと言われたら、たぶん、言えるのは「フットワークの良さ」だと思う。
これはせっかちな性格とも強く関係している。
あと、「判断が速い」ね。優柔不断とはほど遠いと言える。レストランでメニューを見たら、まず1分以内に決定する。決められない女の子の分は昔からあっという間に俺が決めていた。そして嫌がられる。
そのかわりフットワークがとても良いので、たとえば、エッチした後、なんかノド乾いたね、と声が出たら、あっというまに、着替えて近くの自販機かコンビニで、よく冷えたジュースかお茶を買ってくる。
ま、たとえば、フットワークが良いとはそういう感じのことだ。

だいたいのことは、すぐ決める。ウダウダ悩まない。
もちろん間違えることはある。将来を見通す超能力がない限り、100%正解の判断を人はすることはできない。ただし、長考した人と比べて判断の正解率は決して劣ってはいないと思う。むしろいいんじゃないか。
まさに、「思い立ったが吉祥寺」。
速い判断、気軽なフットワーク。
そして自慢じゃないが、その判断には、実は相当な自信を持っている。

私の見る限り、フットワークがダラダラしたやつは、なんとゆーか、自意識過剰の傾向がある。
ちょっと自分に過保護というか。
誰か他の人がやってくれないかなー的な。
そんなやつは、(男なら)たいていはモテない。
男同士のグループでいて、誰か他のやつがナンパしてくれないかなー的なスタンスでくっついているようなやつだ。ボタモチが落ちてくるのを待っているようなやつね。
そういうのはたいていモテない。
ボタモチが落ちてくるのを待つやつというのは、たいてい、「女の子と知り合うきっかけさえあれば、俺は女の子に好かれるんだよね、なぜなら、俺って魅力的な人間だから」と根拠もないのにうぬぼれているやつが多い。だから自分から積極的な動きができない。
人に寄りかかることを前提に生きている男は、女の子から見てあんまり魅力的じゃないんじゃないか。長いものに巻かれろとか、寄らば大樹とか、そういう日和見な態度は、無難ではあるが、かっこよくはないような気がする。

話はえーらいソレたけれども、今日もまたフットワークな俺自慢話。
なんか嫌だね、人をけなして、自慢ばっか。
むかつく人は読まないでね。あと事前に謝っておきます、ごめんね。
俺、ホントのこと言うと、自分のこと大好きなんで、日記ってゆーと、自慢しか書けないんだよね、すみません。

この週末で2本の仕事をいったんは提出したのだけれども、そのうち一本はあらかたできてはいるものの、まだ未完成。肝心の要約編がまだできてない。これを月曜と火曜で完成させたいと思っていたのだ。締め切りは一応水曜日の約束だったので。
で、今週末は、いつものように千葉の妻実家には寄らず、ダラダラと仕事をしてある程度仕事を前倒しで進めていたのであった。

が、今日月曜日の朝、まだ布団にいるタイミングで、妻から電話。妻の母親の容体が急に悪くなったという話。
それを聞いたのが9時半頃。
すぐに、今仕事を進めている2件の担当者それぞれに、メールで、今日と明日はインターネットつながらない環境にいますので、なんかあれば、ケータイに電話ください、と連絡。
ノートパソコンに必要なデータをぶち込み、10時には、家を出る。
この時間帯なら、クルマで行くよりも、電車で行った方が千葉へは早く着く(と思った)。
吉祥寺駅で明日までのDVDを返却し、東京まで中央線、東京から外房線特急わかしおに乗ったのが11時。で、妻の実家に到着が12時過ぎ。
電話を受けてから2時間半で100キロ離れた妻実家へ到着。

それから妻の母をクルマ(←母のクルマ)に乗せて病院へ運ぶ。

もちろん、行きの電車の中でも、病院の待ち合わせ時間にも、自分の仕事はパソコンで進める。

で、容体はまーそんなに悪いことが原因でもないとわかり、またちょっと妻実家で仕事。
夕飯を食べて、夜8時過ぎの特急に乗り、11時前に帰宅。
これから自宅でまた仕事。なにしろ締め切りは近い。

こんな私の一週間のはじまりです。
キャサリンゼタジョーンズ
9月7日 日曜日。
今日は、かねてからの懸案の報告書を進める。
日曜日らしくダラダラと。ご飯食べたり、いいとも再放送を観たりしながら。

この報告書は、7月頃私が企画書を書いたもので、久しぶりに、まるまる通しで受けている件だ。
あの時書いた企画書が結構評判が良くて、なんだかここのところ企画書仕事もいろいろ増えているのである。
ただ、もちろん、企画書だけを書く仕事は儲からないので、まだ今のように報告書だけ書いてる方がページが多い分、費用的にはマシ。だから企画書を書くなら、最後のアンカーもやらせてもらわないととは思っている。が、世の中はもちろん、企画書だけで終わり(たとえばコンペにおちるとか)って仕事も多いのではあります。

昨夜家でふらふらテレビをつけたら、偶然観たのが「ターミナル」。
これは、何年か前、飛行機の中で観たものだ。
そんときは、なんとゆーくだらない映画だとは思ったものだが、再見すると、まーそこまで言うほどでもない(たいしたことない映画であるにはちがいないが)。
なんでスピルバーグもこんなん作ったのだろうと考え込むような、スピルバーグ史に残る失敗作の一つではある。
なんつってもですね、俺の大嫌いなトムハンクスが出てる時点でダメなわけだ。
トムハンクスの映画にろくなものなし。ただひとつ「フォレストガンプ」だけを除いて。
スピルバーグ暗黒時代とは、トムハンクスとの共同作業時代なわけであります。

しかし、ともかく、昨日はとりあえず楽しんでみた。楽しんでるのか。そう、なんでだろう、楽しめた。
こういうくだらない映画は、テレビ放映くらいで観るのがちょうどいい。
テレビの2時間ドラマとすれば、まーアリって感じだ。
たとえば、野島伸司の大昔のコメディ「素敵な片思い」みたいな感じか。くだらない、荒唐無稽でばかばかしいドラマ。薄っぺらだが、まー飯食いながらだったりすると、いいかって感じのドラマね。
そういえば、私は、もう何年もテレビで放送する映画ってのを見ない。これは積極的に避ける。あのCMカットがむかつくから。
ところがこのテレビドラマのような「ターミナル」にはCM時間がぴったりはまる。まさに2時間ドラマ的だ。

いちばん素晴らしいシーンとは、これまた俺の嫌いなキャサリンゼタジョーンズのシーンだ。
どういうわけだか、この映画のキャサリンゼタジョーンズがとんでもなく素敵なのだ。
いままでみたあらゆるキャサリンゼタジョーンズの中でも、突出して素晴らしい。
たぶん、あのドハマリの設定のせいか。
不倫依存症の、スチュワーデス。制服もろとも、はまりすぎでしびれた。
極めつけはあの台詞だ。
「私、ホントは39歳なの」
このシーンだけは、最高だ。
昔、飛行機の中で見た時にも、このシーンだけが圧倒的な輝きを放っていた。
今回見ても、大爆笑であった。
ああ、そんな身も蓋もないほど、なんと素敵なキャサリンゼタジョーンズ。
何度も何度も思い返しては、腹がよじれるほど大笑いだ。
よくまーこの台詞、彼女に言わせたよね。
やっぱそうなんだ的な。
若作りって設定の役なんて、このプライドの高そうな彼女がよく引き受けたと思います。
昨日調べたら、当時はまだ本人は35〜6歳だったはずなのに、
「私、ホントは39歳なの」
ってよく言った。
この台詞がここまで似合うのは、彼女しかなし。

なんとかゆー戦争中の国から来て入国許可が下りないとかゆー、超くだらないつまんない設定のトムハンクスのことなんかどーでもいいが、この映画の中でのキャサリンゼタジョーンズの身を挺した圧倒的な自虐プレイには心がふるえる。

「白い巨塔」で若造に嫉妬する醜い老人役を演じた石坂浩二と同程度のインパクトを与えたキャサリンゼタジョーンズ。あれだけ、自分の「悪い点」を視聴者にひけらかすことのできる度胸というか、役者魂というか。松本清張シリーズの米倉涼子もそうか。
この映画のキャサリンゼタジョーンズは心から大好きだ。
企画書と「のたり松太郎」
9月6日、土曜日午前中、某官庁の企画書仕上げ。送信。
官庁ってのは、毎度のことだが、民間に比べて、調査規模がでかい。
民間企業は結構「エライ人のフィーリング」で商品開発が進められたり、プロジェクトが進められることもあるから、調査を行うかどうかはわりと微妙というか、別に小さな企業の小さな部署の開発では、市場調査も「なんちゃって気分調査(風)」でおしまい、あるいはまるっきりやんなくて「鶴の一声でGO」というケースも、多いに違いないわけであるが、何しろ、官庁は税金で動いている。
何億円もの血税を使って、大多数の納税者の方々に納得してもらうような、プロジェクトを行う場合、それには当然「論理的」に「妥当」な「説得材料」がいる。
それは何かというならば、そりゃね、「大サンプルの定量調査」に勝る「説得材料」はないわけです。
そしてもちろん、官庁が自分たちでやったような(主観の入り込みそうな、偏りがありそうな)調査ではなくて、ちゃんとした中立的な第三者機関である、経験豊富な調査のプロが、キッチリとした調査を実施する必要があるわけであります。

調査規模がでかいっつっても、何十億円もかけた巨大インフラ工事に先立つ(あるいは事後的に実施する)調査なら、数百万円規模でもほんのわずかな経費に過ぎないわけだ。

で、そういう時に、われわれのような、調査専門業者の出番がやってくると、こういうわけであります。われわれにとっては、民間企業のクライアントに比べて、官庁系の仕事は、サンプル数が若干多めであり(何しろきっちり納税者の皆さんを納得させるためには、民間企業のようなギリギリの小サンプルでの推測は避けたいのであります)売り上げも多めにはなる。
今回は、特に規模の大きなプロジェクトの関連調査であるため、調査についても、複数の種類の調査を同時並行での提案となる。

で、調査企画書というのは、その複数の調査の持つ意味などを説明し、またそれぞれの調査の調査概要(目的や手法、対象者のサンプル数や調査項目など)を説明するものとなる。
今回は4種類の調査を実施することを前提に提案するための企画書。

調査のことを聞きかじったような半素人は、バカの一つ覚えに調査というとすぐに「WEB調査」のことしか思いつかないものであるが、今回は4種類の調査の中に確かにインターネットを使った調査も1つまぜるけれども、あとの3種類は、まったく別のアプローチになる。なんで調査の種類を換えるかってのは、もちろん、それぞれの調査の手法ごとに得意ジャンルが異なるからで、全部を組み合わせて最終的な結論を導く必要があるからである。

で、午前中はずっとその企画書を書いていた。全部で10ページくらい。基本的な大枠は別の方がやってくれたんで、ディティールを詰めた感じ。だが、調査項目の設定が中心になるので、わりと頭を使った感じ。
午後は別件の報告書を進めようかと思ったが、気分転換で久しぶりに漫画喫茶へ。
「のたり松太郎」を超ひさしぶりに再読。
先日コンビニで、分厚いコンビニ用復刻版の3巻を買ったら、懐かしくて、全部また読みたくなったのである。
結局2時から6時まで4時間も読みっぱなし。15巻まで読む。
最初の方は、タイガースが解散とか言ってるからね。えーっと、それはですね、1970年のお話です。
私が熱中していたのは、確か浪人生の頃、何度目かの連載中で(何度も連載しては休憩ということを繰り返しているのです)、千代の富士(の漫画版ニセモノ)やらが出てくるところ。あの辺はある意味ピークだったんだよね。それでもしかし、85〜86年とかでしょ。それすらもう20年前。連載開始は40年近く前なわけです。

40年も昔の漫画なのにですよ、これが、もーあんた、いやまじで、おもしろいのなんのって。
さすがはちばてつや。「明日のジョー」は原作別だから外すとしたら、私の中でのベストちばてつやはやっぱこれ「のたり松太郎」だ。
しかも、俺、相撲、まったく観ないんだよね。ほとんど知らないの。人生で、相撲中継を最初から最後まで観たことなんか一度もない。てゆーかNHKのアレを、真剣に観たことはたぶん1分もない。
常に、偶然、がちゃがちゃチャンネル換えてたらたまたま映ったとか、銭湯の脱衣所のテレビについていたから偶然観たとか、そんな経験しかない。
まっっっっっっっっっっっっったく相撲には興味がない。1ミクロンもない。ホントに興味ない。どこがおもしろいのがさっっっっっっっっっっっっっぱりわからない。
そんな私でありますが、「のたり松太郎」の相撲シーンだけは、毎回毎回手に汗を握る。心から感動し、大笑いし、何度も何度も読み返す。連載開始以来の40年間に、少なくとも3回は通読していると思う。部分的な読み返しになると数え切れないほど。すごい好きなんだよね「のたり松太郎」。てゆーかね、おもしろいのよ、ホントに。俺がおもしろいって漫画でおもしろくないのってないよ。
最近良かったDVD
最近観たDVDなど。

●「震度0」
とにかくここのところ、國村隼氏の存在感がいろんなトコロで際だっているような気がする。
それにしても、横山秀夫の原作は、いつも男の仕事場がリアルだ。
「クライマーズハイ」もそう。派閥やら競争やら出世やらと業務のせめぎ合い、そのリアリティがかなり本格的。
この小説は、阪神大震災とそんなに絡める必要もなかったような気もしますが。「クライマーズハイ」が日航機墜落を中核にすえた素晴らしい物語であったのに比べるとちょっと。

●「砂の器」(野村芳太郎監督/丹波哲郎バージョン)
野村監督・丹波哲郎の映画。重くて辛い、松本清張の中でも好きな作品。
こうしてみると、中居君くんのドラマもなかなかいい線いっていることがわかる。
中居くんってバラエティじゃ三流芸人だし、歌は素人以下だけれども、役者やると相当一級品だよね、と前から思っているけれども、あんまりそうは思われてないのが残念。

●「グミチョコレートパイン」
切ない。大槻ケンジ版のニューシネマパラダイス。主演女優がイマイチなのが残念。
オフ木曜日
9月4日木曜日。

運輸関係の報告書と、インフラ関係の企画書の仕事が、今やんなきゃいけないこと。
ちなみに、どっちも、A社の同じ部署チームの人たちからの仕事。運輸はPさん、インフラはQさん。
先日、A社にて、PQさんと3人で打ち合わせをしたのであった。

そこで今日Pさんの運輸の仕事をやろうとしたら、「Qさんの方もあるから、ここはグラフだけうちのスタッフが引き取りますから」と言われる。そりゃラッキー、じゃ、あっちだけやるかと思ったところ、Qさんから「吉祥寺さんって、今、Pさんの方も忙しそうじゃないですか、だからこの企画書、私今日暇なんで、少し進めますね、で、途中からバトンタッチってことでどうでしょう」これもまた、ラッキー。

そういうわけで、ぽっかりと突然あいた木曜日。てかね、業界全体がそろそろ落ち着きはじめているんだよね、8月は毎度のことだがそれなりに忙しかったけれどもね。
ああそういや、他にもあの件について、簡単なレポート書いてよとか言われたから、やろうかなーと思いながらも、なんだかDVDを見たり、昼寝したり。

今日は新宿で、ブログ仲間3人の飲み会があるのだ。
もう4年くらいの付き合いになる、ブログ仲間オフ会。今回は幹事がR氏。
新宿のいつものお店。
みな同世代で、気楽な付き合いで、いつものように話題も弾む。
二人はギョーカイの人なんで、マニアックなネタが相当本格的にお話できるのが楽しい。

6時半開始、11時頃まで。
帰宅後DVDの「グミチョコレートパイン」続き見終わる。
予想以上にいい映画であった。大槻ケンジの原作もさることながら、ケラリーノサンドラビッチの手腕も光ってる感じ。
ひとごとみたいに話すこと
何度もうざいくらいに強調しておきたい、バカ中国新聞、アホ記者の、くるくるパー質問について。

このバカ質問にこそ、本当に、マスコミのすべてが現れていると私はあの瞬間に痛感しました。

「ひとごとのように話してますが」
って、なんじゃソレ。
いいですか、この記者の言ってることは、

●単なるムード
●明確な根拠もない曖昧な主観的印象
●なんとなくのイメージ

でしかない点に注目。
マスコミのワイドショー化がヒドイと何度も言っているわけですが、つまりこういうトコロに出ているわけね。こうした流れを作った張本人は久米宏だとは思いますが。それ以前のNHK的ニュースの時代にはさすがにこうした「ただのイメージ」だけであらゆるものを偉そうに語るということなんかはほとんどなかったと記憶してます。報道は事実をなるべく客観的に語るものであって、その解釈は各個人が行っているものであったのであります、本来は。記者や報道官が、誘導的イメージを付加して、大衆を扇動するような発言が公式の場でされることは、厳に慎むべきことであったわけです。本来は。

彼は自分なりにそういう印象は持ったかもしれないけれども、あの場でそんなアホーなことを発言するなんて、あまりにも失礼で、非常識な上、報道に携わる人間としての倫理やセンスを疑わざるを得ない。国政を左右するような重要な「価値判断」をたかがこの若造記者が一人で、世間や一国の首相に押しつけるなんて、どういうこと? おまえの発言は全国民を代表する、妥当なものとでも思ってんのかと。そのショボイ知性の単なる番記者がどこまでアナリスト気取りなのかと。どんなコラムニストぶってんのかと。どれだけのエッセイストなんだと。頭悪すぎで頭痛い。

こんな「なんとなくイメージ」を滔々と語るような、そういうね、情報や世間に対するあまりにも傲慢な意識が怖い。
究極の井戸端会議。
ナンの根拠もなく、「パッとみただけのなんとなくのイメージ」で人を村八分に追い込み、魔女だと決めつける。
世の中がそうなったら、どんな怖いか。
その人が「何をしたか」「影でどんな努力をしたか」「どういう成果をあげてきたのか」ということには、一切ふれず、ただたんに、「話し方が気にくわない」「なんとなく嫌い」そんなことだけで、断罪する。
詳しく知りもせずに、知ったかぶりで、人の印象を決めつけ、「ひとごとみたいに話すやつだから、なんでもかんでもイチャモンつけてやろうぜ」とでも言いたいこのお兄ちゃんは、どういうつもりか。

マスコミのこうした「パッと見たイメージだけで好き嫌いをイイだす」という態度が、そのまま社会を反映しているように思えてしかたない。
勉強ができる子で、地味な掃除もさぼらずにいるような子供でも、「あいつさー、なんかしゃべり方が、ひとごとみたいに話すからなんかムカつくよなー」といってイジメ出すような社会のあり方とでもいうか。
政治家である、総理大臣である、ただその条件だけで、悪口を言おうとするような態度ね。

政治家なんだから、せめて政策や、国会運営について語ろうよ。なんだ、そんなことにふれもせずに、「あんたなんだか話し方がひとごとみたいなんだよなー」って。
国会運営については、降板がこのタイミングしかないってのは、ホントだろうよ。
ところで、人は(とくにこのような年配のほぼ老人の方は)自分の判断で、仕事を辞めることはいけないことなのだろうか? 日本中からサンドバッグのように叩かれなければならないほどのことか?
自分には無理だ、という判断をして、辞める時期にもある程度慎重に選んで、辞めると言い出すことが、そんなに悪いことか? はっきりいって、多くの人がこの人はもうダメだと思ってなかっただろうか。ぶっちゃけ、私は半分くらいはそう思ってました。もう、なんか、ダメなんじゃないかなーと、他に駒がないから仕方ないのか、まだ麻生さんがやった方がマシだったんじゃないかなーとか、結構薄々みな思っていなかっただろうか。あたしゃそう思ってましたですよ。だからこその低支持率だったわけでしょう。支持率の低い内閣が、辞めますと言い出すのは、ある意味自然な流れでしょうよ。
で、潔く自分から辞めますと言い出したら、今度は「その言い方が気にいらねーんだよ、俺はよー、おめーなんかよーしゃべりかたが、ひとごとっぽくて感じわりーんだよ、昔っからよー」とか言い出すバカなチンピラがいたら、ちょっと困っちゃうよね、やっぱり。
普通の人でも怒ります。福田さんは温厚な方だと思うけど、それでも、さすがに、あまりにバカと思ったんだろうね、あんな言い方されたらね、「おまえとは違う」と誰でも言うわ。

常識のある「大人」の発言とはとても思えない。
だいたいなんだ、中国新聞て。最初中国人向けの新聞かと思ったじゃん、それほど拙い日本語だし、非常識な態度だったよね。
こんなこと言ったらなんですが、どこの大学出てんの?
失礼ながら、私も中国地方出身ですが、よく知らない新聞でした、発行部数もしれてそうな、そんなマイナー新聞にしか就職してないなんて、はっきりいうけど、あんまりエリートな感じしないよね、悪いけど、頭悪そうにしか思えない。うちの高校出身者でないことだけは祈ります。
あなたとは違うんです
何度も何度もマスコミ考。
マスコミが「政治の監視者」を気取って、その実際のところは、政府以上の権力を暗に持っているのが実態だから(たとえば、一方的な=庶民はほとんど意識もしてない「靖国参拝はけしからん」というキャンペーンを張ることで、政府要人の行動にプレッシャーを与えるなど、政策決定にも重要な関与を与え続けている)、そのマスコミを監視するものがどうしても必要で、もちろんそれに最も有効なツールがインターネット・ブログであると前々から思います。

このたびの、福田総理に対する最後の質問、アホ中国新聞記者のバカ質問こそが、まさに、マスコミというものの本質を突いているわけであります。あれはまさにマスコミの象徴であった。そして、そのバカ象徴に対して、福田首相の当然の怒りこそが、今回の辞任劇の本質であったと私には感じられる。

「あなたとは違うんです」を正確に訳すと以下のことだろう。
おまえらバカマスコミとは違うんだよ。
おまえらみたいな、下品でテーノーな人間と一緒にすんなよと。
「人ごとみたいに話す」とはまさにおまえらそのものだろうと。
人は他人を批判する時、常に自分を語っている。
聖書にもあります。
「兄弟、あなたの目の中にある梁をとらせてください。そんなことを言う前に、まず自分の目の中にある梁をとってから言ったらどーよ」。有名な聖句ですが、どこにあるかは忘れました、四福音書です。
無責任とは、まさにマスコミそのもの。
煽るだけ煽って、視聴率あるいは新聞実売数が伸びることだけが目的で、自分らが不遜にも語る「世間の公器」なんて意味はちっっともないし。
政策決定のために、どれだけ官僚と政府が動いているかも知らず、無責任にその批判ばかり。いったいいつどれほどの建設的行為をマスコミが行っただろうか。
たとえば、道路建設。
必ず言うのは「そんな無駄な金使うことがあったら他にやることあんじゃねーのか」と。
他にやることってなんだよ。中国へこれ以上無駄な寄付をすることか?
他にやることってホントなんなんだと。
やってないっつーのかと。
税金ってのは、常に、所得の再分配なんだと。
その分配の加減が難しいだけだと。
そのバランスが、新聞やらマスコミが自分にとって好都合なようにだけまわってないからそんなん言ってんのとちゃうかと。

そもそも、マスコミはいったいどれほどの政府成果を知っているというのか。
彼らが伝えるのは、「政策内容」や「政治判断」では決してない。
マスコミが喜んで伝えるのは、「政治家のスキャンダル」だったり、「政治家の失言」だったり、「政治家の人脈」「政治家の失脚」そういうね、くだらねーワイドショー的な話しか伝えてないじゃんと。
すべてのマスコミが「フライデー」化している。せいぜいよくても「週刊文春」化している。

中身は見ずに、その人間の「スキャンダラスなイメージ」だけを流し続けるものが今のマスコミだ。
今回のバカ中国新聞記者の「人ごとのように話す」発言もまーその最たるもの。
「人ごとのように話し」をするのがそんーーーーなに悪いことか? 他になんか言うことないのか?
いいじゃん、「人ごとのように話」をするのって。ちなみに私はそれほど「人ごとのように話」しているようには聞こえなかったけれども。自分を客観化できるってのは、ちょっと言い過ぎかもしれないけれども、ある種諦念を持って、入り込み過ぎず、何事にも距離を置きつつ冷静さとユーモアを忘れないように生きているし、話しているなとは思ったけれども。
で、「人ごとのように話」をしたらいかんの? もっと「泣きわめいたり」、心底落ち込んだり、マスコミさん私が悪かったです、ホント申し訳ございませんでした、と土下座したりしたほうが、いいってこの記者は言いたいのだろうか? 不祥事企業のトップがいっせいに頭を下げたように、マスコミが自分たちの目の前で、エライ人間に頭を下げさせたいということであろうか。自分たちが世間を動かしていると、マスコミ人がまた自己満足に浸りたいがためにか?